謙一郎&温シリーズ
=花=『花水木』
「はい、少々お待ち頂けますか?」
 保留ボタンを押し、僕は先輩社員の名を呼ぶ…1月の中旬からなので、既に3ヶ月が経過し、先日晴れて正社員になった。
 僕はじいちゃんの八百屋を解雇になった。正確に言えばじいちゃんが失踪して、店を開けていられなくなってしまったのだった。
 シャッターの下りた店の前を通ると胸が痛くなる。
 じいちゃん、元気でいるのだろうか?ちゃんと家族には伝えてあるのだろうか?


 一郎さんの行動は素早かった。その場で家族に電話を入れた。
『暫く連絡は取れないけど、心配するな。』
そう言って電話を強引に切った。
 身の回りの必要最小限の物をバッグに詰めて家を後にした。
『祖父は1年前から入院しています』
 その一言で彼は動いたのだ。
 あれから4ヶ月。一時も側を離れず看病しているらしい。
 完治する事の無い病で苦しむ、信之助さんの側に…。
『絶対に信之助さんをここに連れてくる。』
そう、笑顔で言い残して…。
 謙一郎にこのことは話していない。
『けんちゃんに言ったらきっと待っているだろうな』
一郎さんがそう言って悲しそうに微笑んだから。


「あっちゃん、花水木が咲いたんだ。」
 男の癖にやけに花に詳しくなった、謙一郎。
 休みになると、一郎さんの庭の手入れをして待っている。
「つつじが咲きそろったのになぁ」
 なぁ、謙一郎、僕がいるのにどうして一郎さんのことばかり気にするんだ?解っていても嫉妬してしまう。
 仕方ない、GWには連れて行ってやるか、幸せな2人の元へ。