―今年も綺麗に咲いたね―
じいちゃんと出会って何回目の春だろう、温さんと出会って 何回目の春だろう…初めて三人で花見に出かけた。
あんなに拒み続けていたじいちゃんが初めて行くと言った。
「どんな心境の変化?」
わかっている、そんなこと。
「なんとなく」
じいちゃんは段々若返っている、使う言葉が僕に似てきている…真似しているのか?
はらはらはらはら…薄い桃色の花びらが舞う。
「駄目だな…何を見てもやっぱり思い出してしまう」
最近、じいちゃんは信之助さんの名前を口にしなくなった。
口にすれば思い出ばかり語ってしまうからだ。
「思い出していいじゃないですか、私は謙一郎に思い出して欲しいです」
「うん、僕もそう思う…忘れられたくない」
「でも二人には聞きたくない話だろう?」
「どうして?だって信之助さんとは一緒に暮らしていたんだからどんな話だって想像できるんだよ?きっと信之助はこんな風にしていたんだろうとか、信之助だったら有り得るな…とか想像するのは楽しいけど…」
本当に楽しいんだ。
僕にとっては二人は父親…みたいなもの。二人からは大ブーイングが出そうだから絶対に言わないけどね。
「けんちゃん、料理の腕があがったな」
じいちゃんが弁当の煮物を突付きながら言う。
「先生がいいから」
じいちゃんの娘さん、信子さんは時々家に来て僕に料理を教えてくれる。
『この味付け、父が好きなの』『父は苦味のある物が苦手』なんて本当は心配で仕方ないのが手に取るようにわかる。
『一緒に暮らしてください』と言うと『父はあなたたちが好きなの。一生、好きなように生きさせてあげたい。それが好きな人への一番の思いじゃないかしら』と返された。
信子さんはじいちゃんが大好きなんだそうだ。だから心配で、だから好き勝手させてあげるんだそうだ。
『お金なんて要らない。父が元気だったらいいの。私たちと暮らすことで元気がなくなるんだったら、今のまま元気なほうがいい』
それでも信之助さんの養子になったときは寂しそうだった。
『父が、父でなくってしまったのね…父は一人の人間だったのね…』
台所で鍋をじっと見つめながら呟いた。
「こんなところにいたのね」
信子さんが現れた。
「天気が良いし、桜が綺麗に咲いていたから花見だと思っていたけど、まさか庭だとは思わなかったわ」
「ここだったら誰も邪魔されない」
憮然として答える、じいちゃん。
「信子さんも一緒にどうですか?」
少し、考えてから、
「そうね、たまには入れてもらおうかしら」
嬉しそうに微笑んだ。
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