謙一郎&温シリーズ
=宴= 『忘年会《その後2》』

  僕はある決心をしていた。
 だから折角温さんが作ってくれた料理もほとんど味が分かっていなかった。
「なに?謙一郎、たけのこ嫌い?」
「ううん…あのさ…」
 去年の忘年会の時、ほんの数秒の事だったけど温さんに抱き寄せられ僕は温さんの気持ちを見せてもらえたと思っていた。
 なのにあまりにも嬉しくて、翌日顔を見ただけでぶっ倒れそうなくらい心臓がドキドキいってて何も聞けなかった。
 結局その年最後の出勤日になってしまって納会・・・本当に熱を出してぶっ倒れてしまった。
 他の同僚や上司は田舎に帰る電車・飛行機の時間がとか家族が等と言いながらそそくさと帰ってしまったけど彼だけは僕を放っておいてはくれなかった。
 すぐにタクシーを捉まえて病院へ駆け込んだ、そのまま僕のアパートへ運びこんでくれた。
 目覚めたとき温さんの顔を見つけて不覚にも涙が零れてしまった。
 だって僕は入社式で先輩社員の挨拶をしていた温さんに一目ぼれしたから。
 同じ部署に配属になってどんなに嬉しかったか。
 その人が今、僕の横で僕を見つめてくれている。
「先輩…」
 それだけ言うのが精一杯だった、もう喉が詰まって言葉が出ない…。
「植田、お前その歳になって『;知恵熱』ってカッコ悪いぞ。」
 いつものポーカーフェイスが崩れている。
 でもふっ、と真顔になった。
「あの夜のことは、忘れて欲しい…あんまりにも植田が可愛かったから…ごめんな。」
 僕は必死で温さんのワイシャツの胸を掴んだ、首を左右に振った。
「うえ…だ?」
 やっぱり声が出なくて、気持ちを伝える術が見つからなくて…僕はそっとその唇に自分の唇を触れさせた。時間にしたら0.1秒くらい…
 でも僕には3分くらいに感じられた。
 温さんはそのまま黙って立ち上がり…帰ってしまった。
 だけど翌日一抱えの食材を持って尋ねてくれた、「コートを忘れた」って言い訳しながら。
 そして年が明けてからは日曜日の午後はここでこうしている。
 何時からか僕はこの部屋の中では『温さん』と彼を呼び、彼は『謙一郎』って呼んでくれる。
 なのに…温さんは夜になると帰ってしまう…。


「今日、泊まっていってよ。明日は休みでしょ?僕は一人で起きて行くから、大丈夫…」
 何を言っているのか解らない…という顔で僕を見つめているきれいな瞳。
「だから…いいって言ってるんだけど…だめ?」
 すると見る間に真っ赤に染まった顔を慌てて右手で隠した。
「馬鹿…何言って…」
「だって…好きなんだ。」
 あっ…と小さくもらして瞳を伏せた。
「まだ…もう少し待って…その…」
「えっ?聞こえなかった、もう1回言ってよ。」
 ごめん、本当は聞こえてたけどそんなに嬉しい言葉初めて聞いたから。
「…初恋…なんだよ、謙一郎が。」

 普段は僕より大人の温さんが、少年の様に震えていた。



 荷物を一つ持ってくれている温さんと並んで歩く。
 ふと、橋のたもとにある桜の木に目が止まった。
「温さん、桜、咲きそうだよ。」
 桜が咲いたらじいちゃんも誘って花見をしよう、じいちゃん、ちゃんと起きてて桜の花見てくれるだろうか。