じいちゃんが喜んでくれるのが一番嬉しい。
高校二年で両親に先立たれ、親戚へ行くのが嫌で一人暮らしをした。
大学進学と同時に家を処分して進学費用に充てた。
海外にも行った。
僕はあっちゃんが思うほど良いヤツじゃない。親の残した財産は全て使い果たした。自分に絵の才能が有ると信じたからだ。
それは簡単に打ち砕かれた。
食べて行けなくて仕方なく諦めて大学の就職センターにあった求人票の100番を受けたら受かった。
そんな男だ。
あっちゃんが僕の人生軌道を修正してくれた。
じいちゃんが身寄りの無い僕に家族をくれた。
だから僕にとって二人は掛け替えの無い人たちなんだ。
「開店、おめでとう」
一年掛けてスクールに通い詰め、アレンジメントも会得した。
八百屋の隣のスペースに花屋をオープンした。
去年、花屋をやりたいと言ったのは確かに花に興味が有ったけど実は二人と離れて仕事をしていたくなかったんだ。
出来るだけそばにいて楽しい時間を共有したい。
だからなんだ。
「やっと開店までになって良かった。またじいちゃんに借金しまくりだけどね?」
「なんだ?シマクリって?」
じいちゃんではなく、あっちゃんが聞いてきた。
「借金が沢山…みたいな?」
「し放題?」
んー。
…でも。こんなやりとりも好きだ。
「やりまくりでもし放題でも、借金じゃなくて投資だ。共同経営。」
「じいちゃん、やりまくりとし放題はやばいよ。借金は気分の問題。利益が出ないと申しわけなくて。」
花が好きなのはじいちゃんだ。
初恋の人が庭師で、長年の思いを実らせたが先年他界。
遺志を継げるのは何かを、ずっと考えていた。
花屋が順調になったらガーデニングにも本格的に参画するつもりだ。
あっちゃんが手伝ってくれたら嬉しい。
でもあっちゃんは八百屋が気に入っている。だから近くにいられるなら、別の仕事をしたかった。
「明日、浅草橋までいってくるよ。ラッピング用のペーパーとリボンを見てくる。ついでにポップルも買ってこよう。」
ポップルは以前友人に教えてもらった塩味のマカロニかりんとう。僕たちのお気に入り。
「どっちがついでだか。」
そう言ったもののあっちゃんも嬉しそうだ。
「だからビール、買っといて。」
「はい、はい。」
やれやれという顔を必死で作っていた。
「市場で、梅を見つけたんだ。それに似合うペーパーが欲しい。和紙がいいな。毛糸みたいな、着物のひもみたいなそんな感じのリボンを探してくる。そうしたら仕入れてくるんだ。」
「梅か…」
じいちゃんの瞳が、今はここにいない信之介さんを見つめている。
「又、春が来ます、信之介さん…」
遠い恋人に話し掛けていた。 |