謙一郎&温シリーズ
=花『チューリップ』
 お彼岸になるとじいちゃんは一人で信之助さんのお墓参りに行く。
 付いて行くと言うとあからさまに拒否する。
 今まで、ずっと会えずにいた五十数年には出来なかったこと。たった二年だったけど恋人として一緒に暮らして籍も同じにした。それだけで幸せだという。
 姉を死に追いやってしまった行為を、自分が幸せになることで償えるわけではないけれど、せめて信之助さんの最期の時間を充実したものにしてあげることで、供養になるのではないかと呟く。


 雑草が生い茂る庭の片隅を、時間があるときに少しずつ整地し、球根を植えて育てた。今年の春はチューリップガーデンが出来上がった。
「青いチューリップを咲かせてみたい」
 それは幻のチューリップ。現在、青いチューリップと言われているのはプルチェラ・アルボコエルレア・オクラータのミニチューリップで、花びらの根元部分が青いが全体的には白い。
 誰もが夢見ている、青いチューリップ。
「信之助さんが、一度だけ青いチューリップを咲かせたことがある。確か、あの時もここら辺だったような気がする。」
 それは信之助さん一家が住んでいた、離れのすぐ横だった。
「土が酸性かとかアルカリ性だとかいっていた気がする」
「それは紫陽花だよ。そんな簡単な事で青いチューリップが咲いていたら世界中青いチューリップだらけになっちゃう。」
 信之助さんは本当に植物に関して詳しかった。復員してからは全く関わることの無かった仕事だったのに、本当に植物が好きだったんだ。…いや、じいちゃんのことが好きだったんだね、きっと。


 市場がお休みなので、八百屋も花屋も日曜日は休み。でも時々僕は温さんと一緒にあちこちの結婚式場に足を向ける。
 会場の花を見に行くのだ。どのような生け方をされているか、和風か、洋風かそんなことをチェックしに行って、今後の参考にする。
 まぁ、それは建前。
「じいちゃん、今日は来ないよね。月命日でもお彼岸でもないからさ。」
「いや、一郎さんは神出鬼没だからわからない。」
 確かに。
 お彼岸にも月命日にも、当然命日にも周回忌にも出席を拒むので、僕たちはまったく関係のない日にお参りに来る。
 昨日、このために取って置いた菊の花を手に、僕たちは信之助さんの墓前に手をあわせに来た。
「信之助さん、青いチューリップの咲かせ方、教えてください。」
 今、じいちゃんをあっと言わせられるのはこれしかない。
 どんな風に掛け合わせたら青になるのだろう…。