謙一郎&温シリーズ
=花= 『庭』

「おっはよ〜」
 僕は朝からご機嫌だった。
 だって〜、今日は温さんが泊まりに来てくれる日なんだ。
 彼は自宅だから逢瀬は何時でも僕の部屋。今夜はいっぱい…えへへ。

「なんで?こんな時期に?」
 わかってる、温さんに言ったって仕方のないことだって。
「ばれたらしい…」
 ばれた?誰に?
「このご時世首切られなかっただけでも幸いと思えってさ。」
「なんで温さんにしか言わないんだよ。」
「相手がわかっていないんだよ…うちは『社内恋愛禁止』だからな。
 ましてや相手が…なんてことまでばれたら謙一郎がやばいって。」
「僕はどうだって…」
「駄目だ…お前はこれからなんだから。」
 分かっていたんだね、だから最初温さんは僕を拒んだんだ…。
「何処に異動になるの?会いに行くよ、毎日だって。」
「無理だよ、中国…だから」
 ちゅうごく?って…『中華人民共和国』か?
「いやだよ、僕もう温さん無しでは生きられない…好きなんだよ。」
 温さんの手が僕の身体を抱き締めた。
 幸せが音を立てて崩れて行く…嫌だよ…温さん…。

「じいちゃん、どうしたらいいんだろう…僕…」
 僕は強引におじいちゃんの家に押しかけて相談に乗ってもらっていた。
「けんちゃんはあっちゃんが好きなんだな…」
「うん」
「本当に…好きなんだな…」
「うん」
 おじいちゃんはふぅーっと息を吐いた。
「私の想い人は…満州で死んだんだ…この前の大戦のとき…
丁度あっちゃんくらいの年で、あっちゃんよりいい男だったぞ。」
 おじいちゃん?
「大陸は嫌いだ…あの人の命を飲みこんだ場所だから。
 私の庭はあの人が手入れしていてくれた、優しい人だった…。
だから私は1年中花が絶えない様にしているんだ、あの人が喜んでくれる様に。」
 おじいちゃんの目から涙がぽろぽろ溢れた。
「好きだったら離れちゃだめだよ。いつも一緒にいないと心が離れる。」

 僕よりも先に温さんは行動を起こした。
 僕も着いて行く、あなたに。
「…なにもお前まで辞めなくたって…仕事見つからないぞ。」
「いいんだ、2人で居られるのなら。」
 …本当は僕、中国に行くつもりだったんだけど…とは言えないや。

 しばらく僕はおじいちゃんの仕事を手伝う事になった、なんてったっておじいちゃんは馬鹿でかい家に1人暮しだし仕事中居眠りしてるし…。
「ねぇ、じいちゃん、これはなんて花?」
「しらん」
 ふーん…知らないで育ててるんだ。
「勝手に生えてきた。」
「それって…雑草じゃないの?」
「違う、ここの草も花も全部信之助さんの生まれ変わり。」
 おじいちゃん、幸せなんだね?ここで…。