「おはようございます。」
満面の笑みで僕に朝の挨拶をするのは庭師の息子。
僕は返事もせずに横柄に頷く。
彼はいつでも誰よりも早く起き、家の花々に声を掛けている。
「一郎さん、のんびりしていると遅刻してしまいますよ。」
そう行って僕を急き立てるのも彼の仕事の様になってしまった。
彼の一家は僕の家の敷地内に住んでいた。彼も当然のように父親の
後を継いで庭師になるはずだった。
子供の頃から父親の仕事を見つづけていた彼は何時の間にか父親の
技術を盗み、そしてそれを越えるほどの才能を持っていた。
『信之助は必ず先生のお役に立てますから。』
彼の父親は僕の父に良くそう言っていた。
頭の良い人だった。だから父は彼を自分の秘書にしたいと大学に通わせた。
彼は最初抵抗していたが、本来勉強が好きらしく通い始めたら成績は常にトップクラスだった。 だから僕は彼の家に入り浸って勉強を教えてもらったりもしていた。
…だって、僕は信之助さんが好きだったから…
最初は憧れだった、でも気付いた時僕の目は彼を追っていた。
いつでも彼の姿を視界の中に納めていないと気が済まなかった。
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「それで?」
「そんなにいっぺんに話せないよ。今日はおしまい。」
「けち。」
最近自主的に失業した謙一郎が私の仕事を手伝ってくれている。
謙一郎の恋人は彼よりひとつ年上の大人ぶった子だ。
その雰囲気が信之助さんを彷彿させる。
愛してる――何故、言わなかったのだろう…
だから彼を国に取られてしまった…
信じられなかった。
政治家をしていた父が何故彼の出征を止められなかったのか?
いや、それが無理なのは分かっている、せめて私と同じように絶対危険のない地区に配属に出来なかったのか…ということだ。
今でも私は父を憎んでいる。
人生の中で、たった一人愛した人を殺されたのにどうして許せるのだ。
私が彼の代わりに逝きたかった。
「じいちゃん?…なんだ、またお昼寝タイム?」
ごめん、謙一郎、信之助さんは夜の夢の中には出てきてくれないんだ。
だって彼は何時だって太陽の下で微笑んでいたから。
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