謙一郎&温シリーズ
=花=『今年最後の朝顔』
「あっちゃん、今日も朝顔が咲いてる」
 …僕達は7月17日から一緒に暮らしている。
 今までの僕のアパートだと壁が薄いから、マンションに越した。
 温さんと僕だけの…小さな城。
「頑張っているな、そいつ」
「うん」
 引越しの翌日、何気なく買った朝顔の鉢、毎日のように咲いている。
「じいちゃんの庭の朝顔はとっくの昔に終っているのになぁ」
「謙一郎が毎日話しかけているからじゃないのかな?」
 そう言って抱き寄せられた、唇を重ねられた…。
「もう時間だよ」
「うん…」
 今日は温さん、実家に帰るんだ…
「夜には戻ってくる」
「待ってる…」
 僕達はお互いの家族のことには全然触れていなかった。
 僕には家族がないけど温さんは資産家の次男坊でお坊ちゃま育ちだったんだ。
 初めて温さんの家に行った時、びっくりして声が出なかったよ。
 温さんが休みだから土日は僕も休み。
でも今日は一人で寂しかったからじいちゃんの所で時間を潰していた。
「なんで一緒に行かなかったんだ?」
「だって…あっちゃんのお母さん、怖いんだ…」
 ウソだ、僕は資産家の息子をたぶらかしているような後ろめたさがあるんだ。
だから一緒に行けない…今日だって温さんは誘ってくれたのに。
「ちゃんとプレゼントは持って行ってもらったんだ、だってあっちゃんの可愛い
姪っ子の誕生日だからね。…そうだっ、うちの朝顔、まだ咲いているんだよ、なんでだろう?じいちゃん知ってる?」
「さぁ…信之助さんなら知っていただろうけどね…」
そしてじいちゃんは再び夢の中に行ってしまう。
 じいちゃんの恋物語は梅雨時に聞いたっきり後は教えてくれない。
 でもじいちゃんにはお嫁に行った伸子さんっていう娘さんもいるし別々に暮らしている奥さんもいるんだから、表面上はノンケとして暮らしていたのかな?
でもどうして奥さんと別々に暮らしているのだろう?とっても仲が良いのに。


「あっ…」
「どうした?」
「ウウン、何でも無い。」
 …朝顔が突然終ってしまった。
 夜になって戻ってきた温さんとの行為の後、シャワーを浴びてバスタオルをベランダに干そうと思って表に出た時だった。


「その朝顔、色は何色だった?」
「青」
「青か…」
じいちゃんが溜息をついた。
「ごめんよ、信之助さんはまだ私を許してくれていないのかもしれない。」
「どうして?」
「…私と一緒にいる人間は不幸になってしまう。」
「どうして?僕は幸せになったよ。」
「でも…」
「だから奥さんと別々に暮らしているんだね?…もしも、じいちゃんの周りの人が不幸ならそれはじいちゃんがいつまでも罪の意識を抱いているからだ。
信之助さんは絶対、そんなこと望んじゃいないよ、じいちゃんの幸せを祈っているはずだよ。だって…じいちゃんが愛した人じゃないか。」
 じいちゃんは黙って俯いた。
 偉そうな事言っちゃったけど、でもじいちゃん、そろそろ信之助さんの亡霊から解き放たれても良いと思うよ。


翌日じいちゃんが慌てて、でも泣きながら僕に一通の手紙を見せてくれた。
「どうして今頃…」
 それは戦地から信之助さんがじいちゃん宛てに書いた手紙だった。
 最近戦友だった人が亡くなり、遺品の中から出てきて、それを家族の人が届けてくれたらしい。
「どうしてもっと早く届けてくれなかったのだろう…」
 じいちゃんは涙でボロボロになっていた。
『一郎さん、多分私はこのまま永遠に日本には戻れないでしょう…国のためにこの命を捧げます…。それはあなたを守ることと思って良いでしょうか?…愛していました、あなたのことを。決して言ってはいけないと解かっていたけれど、死を覚悟したらどうしても想いを打ち明けなければ成仏できないような気がしてきました。春さんとの結婚を決めたのはあなたの傍にいたかったからです。先生から一郎さんを取り上げて連れて逃げたいと何度思ったでしょう。…でも…あなたに迷惑は掛けられません。だってあなたが私を愛してくれる保障など万に一つもありません。この手紙があなたに届く事は無いでしょう、検閲で引っかかるでしょうから。でも、もしもあなたに届いたのなら…私のことを可哀想な男だと笑ってやってください。それだけでいい、あなたに忘れられるよりは。ここまで来ても私はあなたを想う事を止められなかった、いや、以前にも増してあなたへの想いは深くなる…。必ず生まれ変わってあなたの傍に行きます、あなたを守ります…。』
 手紙は途中で終っていた。所々穴が開いていたりして読みにくかったが信之助さんがじいちゃんのことを好きだった事は解かった、けど…。
「信之助さん…あぁ…許してください…」
 じいちゃんはずっとずっと泣いていた。

「あっあっ…」
 僕は温さんを受け入れながら思った、
信之助さんはじいちゃんと愛し合いたかったのだろうか?ただ、傍にいて守ってあげたかったのではないだろうか?
「イク…ッ」
 僕は温さんとセックスしたい、だって…それが僕の愛しかただから。


「あっ、そうそう、朝顔、寒くなったからしおれたらしいよ、今日会社の女の子に聞いたらそう言っていた。」
 そんな温さんだから僕は愛している…。