| 「駄目だ…ん…もうっ…」可愛い。もっとイジメたい。
 「はっ…んっ…もっ…我慢出来ない…」
 ドスッ
 「あーあ、折角の食材、雪でグチャグチャの路上に放り出すか?」
 「そんなこと言うけど、克巳が悪いんだぞ、ショッピングバッグ忘れてくるから。スーパーバッグ(スーパーでくれる買い物袋)じゃ無理だよ。」
 今日は会社の同僚たちが集まってすき焼きパーティー。バレンタインデー前夜、寂しい男女がゲイのカップルをからかいに来るらしい。
 「米と肉、重いぞ!」
 「春菊、タマネギ、麩、白滝、醤油あとはなんだ?とりあえずそれ以外は入れたぞ。」
 うそだ。雅之の袋にこっそり味噌を入れたのだ。
 「変だな?」
 まだマンションは遠い。
 「急がないとみんな来るぞ」
 「ゲッ」
 バタバタと駆け出した。
 
 
 「遅い〜」
 「前の日に買いだしへ行っとくって言ってたじゃないか」
 「寒い〜」
 既にエントランスに集まっていた同僚たちは口々に勝手な事を言う。
 「雪降っちゃったからついつい延び延びになっちゃったんだよ。」
 雅之は素直に真実を述べる。ついでに補足すれば俺はみんなが来ないと言うことを願って延ばしたのだ。
 団体行動は他人の迷惑にたいして放漫になる。急いでオートロックを解除すると全員待っていたと言わんばかりに(実際言っていた)雪崩込んだ。
 エレベーター内では何故か全員無口になる。それはメンバーが仕事仲間だからだ。ついつい普段の癖で、オフィスのエレベーター感覚に陥るのだ。
 「坂木くん、持って。」
 雅之は何気に米を人に持たせている。
 ゴトン
 エレベーターが止まり、扉が開いた。
 「左の奥だから。」
 エレベーターホールから左右に廊下が伸び、僕らの部屋は角部屋八階の一号室。
 「ひゃー、寒いっ」
 吹きさらしの廊下なので冬は寒い。
 バタバタと部屋の前に集まり、ドアを開けた。
 「わあ、意外ときれい。」
 「広いじゃないか」
 全員、レポーターになっていた。
 「あ、そこは開けないで…って遅かった。」
 雅之がうなだれる。
 「セミダブル?狭くない?」
 「ちょっと、こっちにもセミだよ」
 当たり前だ、別々の部屋に寝ているからな。…とは言わない、悔しいから。
 「ルームシェア…だっけ?」
 みんなが一斉に疑いの眼差しで見る。
 「いや、同居。半永久的。だから克巳を狙っても駄目だからな。」
 またしても馬鹿正直に話す。
 「互いの部屋を行き来するのか?」
 「下世話な質問をしないように。」
 これ以上の追求は俺の方がお手上げだ。
 「わかったわよ、じゃあ想像するだけにするわ。」
 こういうとき、意外と簡単に許容するのは女性だ。
 「さて、キッチンへ行くわよ!」
 張り切って女性陣は支度に取りかかった。
 
 
 大体の物は皆が片付けて行ってくれたが、ビールのコップと土鍋などは残っていた。それをせっせと片付けている雅之の背後から抱き締める。
 「片付け手伝う気がないなら邪魔しないでくれるか?」
 ちっ。
 仕方なく水切りの中にある皿やコップを拭きながら食器戸棚に片付ける。
 「週末のスキーだけどさ…」
 今年は苗場に行く。飯山は既に閉山してしまった。プライベートコースみたいで好きだったのにな。
 「二人っきりだよな?」
 プッ
 俺は吹き出した。
 なんだ、雅之も楽しみにしているんだ。
 「何がおかしいんだよ」
 プーッ
 と、膨れる。
 「やっぱ可愛いな」
 手にしていたものをすべてシンクに置くと身体を抱き寄せた。
 「好きだ」
 返事はない。
 いつ、恋に落ちたのだろう?
 女子社員の後ろ姿を追っていた雅之。
 片思いに破れてこっそり倉庫で泣いていた雅之。
 キスしたらかなり焦った顔した雅之。
 みんな、好きだ。
 「これじゃ何時までたっても終わらない」
 (たぶん)膨れっ面で言っているのだろうけど無視。だって放したくない。
 「わかったから。…片付け終わったらな。」
 何が?
 「今夜は、克巳の部屋な。」
 あいつらには言わなかったけど(言えるわけない)セックスしたいって合図は互いの部屋へ行くこと。したくない日に一緒にいるのはつらい。…いや、俺は構わない。いつだって雅之を抱き寄せて眠れればそれだけで幸せだ。だけど…。雅之に拒否されるのは辛い。
 「やっぱ、ヘンか?セミダブル…。シングルにすれば良かったか?」
 ブツブツ、独り言を言っている。
 「いつ、ああやって来るか分らないしな。」
 「鍵、かければいい。」
 よし、雅之がそこまで腹を決めたんなら(いや、何も言っていないが)決行しよう。
 「今度の日曜はキングサイズのダブルベッドを買いに行くぞ。」
 「入らないって。」
 小さく、笑う声がした。
 
 
 「参ったな…」
 朝、目覚めると呟く声がした。
 「ここ、充血している。」
 雅之の首の付け根に、俺がはっきりとつけたキスマーク。
 「何言われるか分らないな。」
 内心、それを期待している。
 社内でかなりの勢い、俺たちのことは知れ渡っているのに、相変わらず雅之はモテる。
 今日はバレンタインデイ、絶対にチョコの山だ。
 「あ、曇っている。」
 カーテンを開けて空を見上げた雅之は嬉しそうに言った。
 「やった。これだったらカジュアルで行ける。」
 広報部は取材の無い日はカジュアルな服装を許されている。
 「タートルネックのセーター、着て行こう。」
 「ない」
 「なんで?」
 「洗濯機の中」
 「洗濯機?」
 「アク○ンで洗ったぞ。」
 「えーっ」
 ブツブツ言っているが、無視。
 「雅之」
 「何だよ」
 黙って差し出す。
 「欲しがってたから。」
 500万画素のデジタルカメラ。
 「何で?」
 「バレンタイン。いつものことだろう?」
 そう、初めからプレゼントをしたのは俺。
 「だから…他からは貰うな。」
 クスクス
 っと笑う声。
 「分った。サンキュ。」
 でも、その晩俺はもっと驚いた。
 雅之は仕事を休んでいたのだ、俺に黙って。そしてなにをしていたのかと思ったら、部屋一杯の大きなキングサイズのダブルベッドが元俺の部屋に納まっていた。
 「前のヤツ、売ったから。」
 そう言ってニコニコ笑う雅之に、俺は又、惚れた。
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