雅之&克巳シリーズ
長い夜

 午前0時ー

 残業だとは言っていたけど、やけに遅いな。
 雅之の仕事内容は自分に理解出来ないから口出しできない。
 だけどこんなに遅くなるなら電話かメール、入れてくれればいいのに…
「はぁ…」
 声に出してため息をついてみる。
 しかし雅之が帰ってくる気配はない。


 困ったなぁ、完全に出来上がってしまって逃げられなくなった。
 克巳、怒っているだろうな。
 部長の家の住所知らないからタクシーに放り込むことも出来ない。
 嘘ついたから罰が当たったんだろうな…。
 残業なんて言ったけど部長に個人的な話があるからと呼び出されたんだ。
 居酒屋で酔いが回ってやっと切り出したのは歳の離れた妹さんとの縁談だった。
 予想していたがいざ言われるとなんと言って断ったらいいか思案した。
「部長の妹さんでは私には荷が重いです。」
 笑いながら言ってみた。
「なんだかどこかで君を見初めたらしいんだ。」
 意外な展開になった。一体どこで?推測すると部長がいない所だな?
「僕には一緒に暮らしている人がいます」
「人事の奴だろ?ホームシェアなら構わないだろう?」
 この人は知らないのだろう。
「いえ、個人的な理由で一緒にいます」
 部長はきつねにつままれたような顔をした。
 しかし直ぐに笑い出すと勝手に見合いの日取りを伝えてきた。
「行きません」
 それだけ伝えてあとはだんまりを決めた。



 0時30分。
 まだ連絡はこない。雅之の同僚に電話をするか悩んでいたが子供じゃないし変だろうと断念した。
 なにかあったのか?
 会社はセキュリティーの関係で午後10時になると全てのドアに自動的にロックが掛かる。
 社内に閉じこめられたらセキュリティー会社に連絡をして身元確認の社員証の提示と指紋照合をされる。
 そこまで残ることはないだろう…。


「ご迷惑をお掛けして申し訳ないです」
 部長の鞄から携帯電話を取り出し自宅と書かれた番号へダイヤルした。相手は今日の話題の妹だった。
 初めからその気で酔ったのだと今頃気付いた。
 結局タクシーで家の前まで送り届けると玄関先で妹が待っていた。
「あの。」
 今、本人に断ってしまおう。
「兄はバツイチで、私の相手は慎重に選べと言ってあなたを勧めてきました。私は一度兄の会社へあなたを見に行ったんです。克巳さんにもお会いしました。」
 なんだ、知っているのか。
「兄は知りません、だから私から断ったと、言っておきます。」
 僕は内心ホッとした。悪いけど今の生活を変える気はない。


 0時40分
「もしもし?克巳?」
「良かった…」
 怒鳴ってやろうかとも思ったけど結局安心が先に立った。
「ごめんな」
「ああ」
「先に寝てて…」
「顔見るまでは眠れない」
「わかった。急いで帰るよ」
 今夜は、一段と冷え込んだな…。