雅之&克巳シリーズ 番外
「寒い夜」

「今夜は冷えるな」
 克巳は呟いた。時計は午後五時になろうとしている。
「課長、今夜急ぎますか?」
 島に並ぶ机の真ん中辺りから声がした。
「いや」
「お話があるんですが、お時間頂けますか?」
「ああ、分かった」
 …最悪だ。


遅くなる


 克巳からのメールを見て、雅之は心の中でため息を付いた。
 今夜は冷えるから鍋にしようと思っていたからだ。
 一人なら弁当と味噌汁…かな
 携帯電話の液晶を見つめながら考えた。
「主任」
 不意に背後から声が掛かった。
「明日納品予定の商品に欠陥が見つかりました」
 …最悪だ。


 午後十一時三十分
「あ」
「なんだ、同じ電車だったんだ」
 克巳と雅之は同時にホームに降りたった。
「寒いな」
「うん」
「駅前のラーメン屋に寄らないか?」
「いいね…」


 店内は客がまばらだ。
「再発注して作らせた商品に欠陥があったんだ。なんとか新潟と山口の倉庫から回したけど…やられたな」
「こっちは人事だよ。辞めたいんだとさ。」
 二人して大きくため息を付いた。
 若い店員が元気よくラーメンを運んできて、会話は中断した。


 店を出た途端、冷たいと小さく悲鳴を上げた雅之が空を見上げた。
「あ、雪だ」
「本当だ。寒いわけだ。」
 肩を寄せて歩く。
「…家族もいないのにさ、なんだか毎日バタバタと忙しくないか?」
 克巳が呟いた。
「うん…プライベートな時間がないよね。」
「昔みたいにバックレるか?」
 ハハハ
 雅之が笑う。
「本気だぞ」
「翌日、会社に席がないよ」
「だよな…つまんねーな、中間管理職。」
「うん…今週末の土日はなんとしても休もうよ」
「そうだな」
 二人とも、考えは一緒。


 日帰りでスキーに行って、翌日は一歩も外へ出ない!


「一緒に風呂、入ろうな」
 克巳が雅之の耳元で囁いた。
「いつものことじゃないか」
 雅之は俯いたまま答えたが、耳が真っ赤だ。
「今年は31か…」
「歳?」
「他に何がある?」
「だから何かなぁと思ってさ」
「おっさんになっても、じいさんになっても、一緒に、」
「わかった、言わなくて良い…良いから…」
「着いたよ」
 雅之は再び空を見上げた。
「雪…だよな…」
 二人はマンションのエントランスに吸い込まれていった。


終わり


師匠の2011年誕生日用に書き下ろしました