「雅之?」
俺の腕の中で声を押し殺して泣いている。
「俺が悪いのか?」
無言で首を振る。
「何とか言ってくれよ、わかんねーよ・・・」
何をやらせてもどんくさくて、事務の女の子にもからかわれるような真面目で純情で一生懸命なこいつのことを、気が付いたら人知れず手助けするようになって、意識するようになっていた。
多分『母性本能』をくすぐられたんだろう、守ってやりたい、なんて思っていた。
でも意外と強かな奴だった、人知れず手助けしている人間が俺一人じゃなかったって事を知り征服欲に駆られた。
思ったよりあっけなく落ちた。あまりにもあっけなくてその反動でこっちの方が振りまわされるようになるなんて思わなかった。
受話器を先に握るのは俺、3日と空けず部屋を尋ねるのも俺、じらされて苛立っているのも俺・・・
「克巳・・・」
名前を呼ばれて背中を撫でていた手を止めた。
「別れ話は聞かないぞ・・・」
真っ赤に泣きはらした目が俺を見据えた。
「帰んなよ、いつもいつも、一人にするなって・・・」
後は言葉にならなかった、再び涙が溢れて俺の胸を濡らす。
「克巳、起きろってば、おいっ。」
突然の寒気に身体を丸めた。
「お前なぁ、いくら3月になったってまだ寒いだろうが。」
まだ目を開ける事は出来なかったけど窓が開け放たれている事は雰囲気で分かった。
「目ぇ、開けろよ。」
言われた通りに目を開けると部屋一面に真っ白なシーツが覆い被さっていた。
窓の外には高層ビルの隙間から覗く僅かなオレンジ色の光。
「スキーに行ったときに見た景色、もう一度見よう。言っとくけど来シーズンだぜ。」
思わず吹き出したら蹴飛ばされた。
思い出したよ、お前は俺の前でだけそうやってはしゃぐんだよな。 |