雅之&克巳シリーズ
=雪= 『なごり雪』
「俺、帰るわ。」
 突然克巳が席を立った。
「って、おい、どうしたんだよ。」
 僕は隣の席にいた娘にお札を2枚渡して慌てて後を追った。
 今夜は同僚がセッティングした『合コン』で女の子に囲まれて楽しい気分に浸っていたのは事実だから『悪いなァ〜』とは思っていたけど、そんな、露骨に表情に出さなくたっていいだろ?
 横断歩道で信号待ちをしていた克巳に追いついた。
「なに、怒った?」
 ちょっと意地悪く笑顔で聞いてみた。
 ・・・返事がない。
「克巳?」
 黙ったまま信号が青になったと同時に歩き出した。
 ったく、しょうがねぇなぁ・・・心の中でそう呟いて克巳の腕を取り、力いっぱい自分の方に引き寄せた。
「来いよ。」
 細い路地に引っ張りこんだ。
「今夜はうちに泊まるんだと思ってた。」
「行かない・・・もう、行かない。」
「馬鹿」
 なんか今夜の克巳は変だよ。いつもは僕の事両手でしっかりと抱き留めるように構えていてくれるのに、まるで背を向ける様にして、まるで子猫の様だ・・・。
「ごめん、違うんだ。
 雅之は女の子といる方が似合ってる、そう思ったらいても立ってもいられなくて飛び出してた。」
「な・・・」
 馬鹿だなァ・・・本当に馬鹿だよ。
 僕は克巳の分厚い胸の中に顔を埋めた、そうしないと言えそうになかったから。
「言わなかったっけ・・・好きだ・・・って。」
 おい、こら、最後まで聞けって・・・話の途中で遮られて痛いほど舌を吸われた。
 足元で「サクッ」という音がした。なんだなんだ?驚いて思わず肩に縋ってしまった。
「雪?」
 きっと子供が作った雪だるまの最終形態だろう、
棒切れが三本横に落ちている。こんな路地裏の日陰だから今まで残っていたんだな。
「・・・お前に口説かれた日の雪かな?」
 東京中の交通が麻痺しっぱなしの大雪の夜、歩道で尻持ち付いてびしょぬれになったあの夜、二人で延々と暗い道を黙ったままてくてくと歩き続けた夜・・・突然お前は言った「欲しい」とだけ。
 なんの事だか分からなくて聞き間違いかと思って「ん?」と顔を向けたとたん、抱き締められた。
「最初の夜、『幸せにする』って言ってくれたの、嘘?」
「幸せを感じてるのは俺のほうだけだ」
「んな駄々こねてるとさっきの店に連れ帰って『僕の恋人』ってみんなに紹介するからな。」
 僕にだってそれくらいの覚悟はあるんだから、馬鹿にすんなって。
「いつになったら荷物持ってくるんだよ、ったく。」
 もう、あの夜ほど寒くなくて身体を寄せ合って歩くにはかなり不自然だったけど関係ないや、夏が来たってくっ付いててやる。
 雪を見る度に『ロスト・バージン』を思い出すなぁ・・・って頭の中で一人ボケ・突っ込みしてても仕方ないか。
 隣で克巳が盛大にくしゃみをした。「春の風邪は性質が悪いから」と理由をつけてもう少しだけ身体を寄せたら「歩きにくい」と拒否された。
 んー・・・はやく僕の部屋に行こうよ。僕はいつもの様に克巳にじゃれ付いた。