僕が長期休暇を終え、会社に復帰してから一年が過ぎた。
お互いなんだか忙しく時を過ごしていて、ひどい時には顔さえ見ることも出来ずに背を向けたままベッドに潜り込んだ。
半年前、僕は商品部に異動になった。
ブランクがあったのと克巳との噂が広がってしまったのが原因。
いつでもお互いの顔を見ながら仕事が出来るものでもないし、部署替えと言っても自社ビルだからフロアが変わっただけだし、通勤は一緒に出来ると思っていた。
ところが商品部は営業がとってきた得意先を満足させられるよう、常に新しい物を提供しなきゃいけない。
だから時間外勤務が激増した。
克巳は「がんばれ」って言ってくれたけど長いまつげは臥せられたままだった。
もうどれくらい抱き合っていないのだろう?
どれくらいあいつの笑顔を見ていないだろう?
離れていた時間より、長い、きっと。
「!?」
会社のエントランスを抜けた時だった。ふいに背後から頑強な腕に抱き込められ、そのまま車内に拉致された。
「なにす…」
この感じは身体が覚えている。
「限界だよ。つらい。」
耳にダイレクトに届いた訴え。こいつはずっと耐えていたのだろうか。
「だったら、言えよ。」
「言えない、おまえ大変なの分かっているし。」
「ばーか。」
馬鹿は僕だ。克巳を追い詰めてしまった。
「冬なのにスキーに行って無い。」
…限界って?そっち?
くすくす…忍び笑いがする。
「たまにはサボっても平気だよな?雅之、いつも頑張っているもんな。」
そう言いながらアクセルを踏み込む。この車は二人が気に入って二人で購入した、中古だけど。
あぁ、多分この車を買いに行ったのが一番最近のデートだ、きっと。
そして僕はまだ運転したこともなければ乗ったことも無い。
「…頑張れって言ったの、後悔してる。」
顔は正面を向いたまま、視線だけ、ちらりと送ってくる。
「そんなに頑張んな。ほどほどにしとけよ。」
くすり、内心笑っていたけど顔は怒ってみせる。
「今更手を抜くことなんて出来ないよ。」
「だけど。」
言葉を区切る。
「寂しい。」
消え入るほどの声で言われると、さすがにこたえる。
「寂しいのは同じだろーが。」
「はあ。」
溜め息。
「日帰りだと夜中だな。」
…どこに、行く気だ?本気なのか?
「もう帰らないと。明日も休むか?」
夕闇が迫ったゲレンデでやけになってそう言うと、笑顔が戻ってきた。
「それ、良いけどこっちが無理。明日はヘルプ要員だから。」
「なんだよ、それ早く言えよ。」
ヘルプ…とは聞こえが良いけどただの雑用屋。朝早くから夜遅くまで時々こき使われる日があるのだ。
スーツのままやってきた客は初めてなのだろう、レンタルスキー店のおやじが目をくるくるさせていた。
ウエアから板から全てレンタルして4時間ほど滑れた。
言っておくけど僕はもうちゃんと滑れる様になったからね。
「僕が運転代わるから克巳は寝てて。」
帰路につき、車の前で僕が言う。
「やだ。雅之の顔、見ている。」
…バカ、照れるだろうが。
「ごめん、お前忙しかったんだろう?さっき会社に電話入れていたとき怒られていたもんな。
だけど俺、これでまた頑張れるから。本当、ごめん。」
又、長いまつげが影を落す。
僕は一緒にいる事にすっかり慣れてしまっていた。
克巳はいつでも新鮮な空気を送り込もうとしてくれていたのに。
「克巳、金曜の夜は早く帰るから。
だから一緒にいて欲しい。」
僕は愛されていると思っていた。
僕も、愛していたんだ。
だってこんなにも心が安らぐ。
早く帰って冷えた身体を温めて欲しい。
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