秘密
 音に出来ないため息程、つらいものはない。しかし文生〈ふみお〉はそれをもう何ヶ月も続けている。



 心臓が弱いため、体育の授業は小学校の時から見学していた。
 だから彼がその場にいないことは誰も不思議に思わないのだ。
 同じく巽〈たつみ〉が体育…いや、授業に出てくること自体希なのでやはり誰も気にしていなかった。
「お前セックスはできるんだろ?」
 そう言ってぼんやりと見学していた彼の横に座りこんだ。
「さあ、したことないからわからない」
「ってことはドーテーってやつか」
 巽はさげすむでもなく、憐れむでもなく、正面をむいたまま呟くように言った。
「僕と恋愛しようなんて娘、いないよ。」
 文生は諦めたように言葉を吐き出した。そう、もう期待なんてしていない、だって何度も振られ続けた。
 女の子の理想のハードルは天よりも高い。絶対に勉強が出来て運動神経が良くてだけど頑張っていますっていう男は駄目なのだ。
 文生の様に勉強は中の下、運動はやってはいない病弱、貧相な体つき、いつも必死になってくっ付いて行くような人間は相手にしてもらえない。
「女に拘るからいけないんだぜ。」
 相変わらず正面を向いたま真面目な顔で答える。しかし不意に変なことを口走った。
「俺じゃ、駄目か?」



「ほら、もっと鳴けよ」
 巽は文生の奥深くを激しく擦るように突く。
「くぅっ」
 喉の奥で声を押し殺す。
 教室にはだれもいない、体育の授業。隣は真剣に授業を受けているらしく、静まり返っている。
「あぁっ」
 小さく文生がうめく。肌と肌がぶつかり合う音が響く。湿った音がそれに付随する。
「あぁ、文生」
 巽はいつも耳元で名前を囁き果てる。
 文生は下半身だけ裸にされたまま、机にうつぶせのまま弛弾している。
「又俺だけイッちゃったんだな」
 巽は文生の身体を抱き上げると、くるりっと仰向けにさせて手を添えて口に含む。音を立ててしゃぶるのだ。
「くっ…うっ…」
 この時はどうしても声が出てしまう、物凄い快感なのだ。
 二分も経たないで文生は射精する。
 そしてその唇が唇を重ねにくる。くちゃくちゃとイヤらしい音を立てて、やがてちゅうちゅうと吸い付く音に変わる。
「はぁっ…」
 唇を離してやっと息を継ぐ。
 巽の視線がちらりと教室の時計に流れる。
「もう1回、大丈夫だな。」
 そう言って再び文生をいきなり貫いた。
「い…」
 慌てて文生は口を押さえる。絶対に声は出せない。隣りのクラスに聞こえたら、自分はどんな格好で見付かるのか、分かっているから。
 制服のシャツもブレザーもネクタイも靴下も身に付けている。でもズボンと下着は床に落ちている。
 両脚は巽の腕に掴まれ、大きく開かれている。
 そして普段は決して他人の視線に曝されることのない部分を全て巽に露わにされ、巽の逞しさに貫かれているのだ。
 外気に曝された文生のそれは屈辱ですっかり力を失っている。
「うっ…うっ…」
 時々指の隙間から漏れる声。
 ぐちゃぐちゃと捏ね回す音。
「イイんだ…文生ん中、すっげーイイ…」
 ―背中、痛い―
 巽が囁く声も文生には届いていなかった。
 ゆさゆさと身体を揺さぶられ、思いっきり前立腺を刺激され、確かに性的快感はある。ぐったりしていたそれも直ぐに起ち上がりひくひくとその瞬間を待っている。
 けど…。



ピーッ
 教師が笛を吹く。その音で我に返った。
「ちょっと、何言ってるんだよ。」
 相変わらず正面を向いている巽の横顔を見つめ、冗談だと分かっていながらも動揺して口を開いた。
「文生…って名前で呼んでいいだろ?文生も俺のこと巽って呼んでよね?呼んでみ?」
 戸惑う文生に関係なく巽は文生に強要する。
「巽」
「ん、OK、OK。
 でさ、俺文生のこと、ずっと見ていたんだ、1年ん時から。文生となら体育の授業中に出来るなぁってさ。」
「何を?」
「決まってるだろ?セックスだよ。」
「は?何を言って…」
「文生、ケツの穴あるんだろ?それをちょっと貸してくれれば良いんだ。」
「貸す?」
「ああ、そこにちょこっと俺のを入れさせてくれれば直済むからさ。な?いいだろ?」
 文生には意味が分かっていなかった。男同士でセックスするなんてそんな世界観がなかった。だからとりあえず「1回だけなら…」と答えてしまった。何をされるのか分かって
いなかったのだ。



「なんで僕なんだ?」
 文生は一度だけ、巽に聞いた。
「そんなこと聞いてどうすんだよ。」
 顔を真っ赤にして怒るのでそれ以降聞くことも出来ず、行為が始まってしまえば快感に委ねてしまい抵抗も出来ない。
 ある日文生は体育の教師に呼び止められた。
「最近顔色が良くなったな、いいことだ。」
 授業に顔を出さなくなった後ろめたさから、体育理論のレポートを提出していたので教師は別段疑っていない様だった。
「風にあたらなくなったからかもしれないです。」
 適当にごまかす。でも体調がいいことは確かだ。どうしてだろう?
「小学部からずっと見学なんだってな。」
 教師は見下したように言葉を音にした。
「先生を殺人犯にはできませんから」
 だったらどうして巽には従順に従う?彼が行為に没頭するほど文生の心臓は壊れているはずなのに。
 「まぁここなら大学まで何もしなくても行けるからな。お坊ちゃんはいいよな。」
 教師は捨て台詞を残し去って行った。
「母親がさ…」
 その日、不意に巽が髪をなでながら優しい声音で言う。
「やっぱり心臓が弱かったらしいんだ、俺は知らないんだけどな、赤ん坊だったから。…心臓の弱い人間に執着があるらしい。」
 そう言うと、ズボンの後から強引に右手を差込み、つぷんっと中指を秘孔に挿入する。予め指にはゼリーが塗られていてスムーズに入っていった。
 文生は抵抗せずにそっと腰を浮かす。
「文生は…淫乱だ。」
 つぷっ、つぷっ…
「も…」
 何か言いかけて口を慌てて押さえる。
「何だよ、『も』って?」
 そんなこと、言えない…だって文生が言いかけた台詞は「もっと」
だったからだ。かと言って「もう嫌だ」と挿げ替えるのも嫌だ。
 涙を流してイヤイヤと首を振る。
 つぷっ、つぷっ…
 巽は楽しそうに乱れて行く文生を見詰める。
 そっと、左手を頬に添える。そしてゆっくりと巽の方を向かせると瞳を閉じて唇を重ねたのだった。
 ―心臓が、痛い―
 その日も授業の終りを告げるベルが鳴る1分前まで、二人は身体を繋げていた。

 

「ああっ、んっ、いやぁっ」
「そうだっ、もっと、もっと声出せっ」
「そ・そんなの…やだぁ…」
「声出さなきゃ、イケなくなるくらい声出せ」
 喉がからからになるほど喘がされている。ここは巽の部屋。今日は家に誰もいないからと言って連れて来られた。
 BGMを鳴らし部屋のドアに鍵を掛け、「いくらでも声出して良いぞ」と言われて文生は我慢の限界を超えて責められ続けた。
「あっあっあっ」
 既に声は掠れている。それでも巽は文生を追い詰める。
「どこが、感じるんだ?」
 巽は腰をグラインドさせる。
「ちが…そっち…お…くぅっ…あっそこっ、そこがイイッ」
 素直に文生は答える。もうどうでも良くなっていた。気持ちイイのは確かだし、巽にされるのが早く終わることを祈っていた。
「ここか?」
「うあぁ…」
 物凄く、イイ。良くって良くって涙が零れる。そしてとてつもない敗北感が胸に広がる。
 ビュッ、ビュッ、ビュッ。
 文生の先端から歓喜の悲鳴が溢れる。それを確認して巽は動きを早める。
「うぅっ…やっぱり文生ん中、サイコ―。熱くって、キツくって、俺のをギューギュー締め付けるし。」
 身体を繋げたままキス。
「1週間に3回じゃ足りないよ。毎日したい。放課後出来るとこ探しておくからさ。」
 文生は一気に体温が低くなった気がした。
「あ…でもそんなにしたら僕の心臓…」
「調べたらサ、お前の心臓はセックスをしたくらいじゃ壊れないってサ。」
 そんなことを何処で調べられるのだろうか、と疑問に思いながらも黙って頷いてしまった。これではいじめではないかと思わなくも無かったが…。

 

 体育のある日は教室で、ない日は巽の部屋でセックスした。二人の関係はそれだけ。普段は口も利かない。
「うっ、うっ、うっ…」
 今日も文生は両手で口を押さえて声が出ないように必死でこらえていた。
 文生の身体は机の上に仰向けに乗せられ大きく脚を開き、巽は立ったままの姿勢で文生に受け入れさせている。
 ガタッ
「そういう、ことだったのか…」
 その声を耳にした瞬間、文生は目を閉じて耳を塞いだ。叫び出しそうな気持ちを必死で堪えた。自分の一番惨めな姿を他人に曝してしまった。
 巽は平然と声の主を、見た。
「そういうことだよ。早く出て行け。」
「文生を離せ。なんで文生が授業に出て来ないのか分からなかったんだよね。こういうことか。巽に犯られてたのか。」
 彼、篠原啓五<しのはら けいご>が言葉にすればするほど文生の惨めな気持ちは増大する。
 こんな時でも巽は身体を離さないのだ。
 ぐっ、と深く突き入れる、文生の上体がのけぞる。
「巽、いいかげんにしろっ」
 軽蔑した声。文生の脆い心臓は壊れそうだった。
「やだ」
 その後、文生の耳に届いた台詞は予想外のものだった。
「俺にも犯らせろ。」
 ―犯らせろ?―
「文生は皆が狙ってたんだ。独り占めしていいと思ってんのか?」
―皆?狙って?どういう…―
「当たり前だ、文生は俺んだ。」
 ガクガクと揺さぶられ快感を引きずり出される。
「んー、んーっ、あぁん」
 巽の動きは止まらず、文生の思考は止まった。
「なぁ?良い声で鳴くだろ?二人っきりだともっともっと可愛い声出すんだぜ。」
 文生の手を口から離し机に押しつける。
「い…や…ぁ」
 涙をポロポロ流して懇願する。
 巽の腰が容赦なくグリグリ押しつけられ、文生は声を出すことを強要される。
「あっ、あっ…いやぁっ、あっ、あぁっ」
 啓五は音をたてて唾を飲み下した。
「おいっ、まじでやらせろよ、俺もうギチギチだぜ。」
 啓五はベルトを外しファスナーを下ろした。スルッという音と共にズボンが落ちる。もどかしげに足からそれを剥がして下着を脱ぐ。自分の屹立に手を添え、しごき始めた。
「うぅっ…入れてぇよ。」
 手の動きが速くなる。
「文生、どこが気持ちイイ?言ってごらん?」
「あっあっ…」
「ここか?こっちか?」
「あっあっ…そこっ、そこがイイっ…ああっ」
 巽は文生のポイントを攻める。
「あーっ、もう限界だーっ。おいっ、文生、口あけて俺のをしゃぶれっ」
 啓五が文生の顎に手をかけた。
 ゆっくりと巽はそれを文生から引き抜いた。そして左手で啓五の襟を掴むと思いきり拳で頬を殴りつけたのだ。
「言っただろう?文生は俺んだ。誰にも手出しさせねぇ。」
 啓五はあまりの巽の迫力に声が出なかった。それでも急いで下着とズボンを身に着け、そそくさと教室を出ていった。
「文生はヘンなもんしゃぶっちゃいけないんだ。触れていいのは俺の唇と…」
 そういうと思いきり抱きしめて唇を重ね、文生の唇の隙間から舌を滑りこませる。
「俺の舌だけだ。」
 優しく微笑み、脚を持ち上げる。
「イカしてやるぜ。」
「ああーっ」
 その後の巽は暴走した。文生の絶頂ポイントだけを攻めまくる。文生は何度も何度も、達してしまったのだった。

「なんであんなことしたんだよ。」
 文生が責めるような口調で巽を問い詰める。
「人のものに手を出したらいけないって、教わらなかったのか?俺は自分のものは独占したい、それだけだ。」
 いつものように胸の中で大きくため息を吐く。
「僕は巽の所有物じゃない、勝手にもの扱いしないでくれないか?」
 出来ればもう、セックスもしたくない―どうしてかそれを口にすることはためらわれた。
「啓五のことは気にすんな、それよか、続き、家でしよ?」
 強引に腕を取る。
「僕、もう出来ない。」
 肩で息をしながら小さな声で抗議した。

 

「も、やめ…」
息も絶え絶えに文生は訴えたが彼の耳には届いていなかった。
何回イッただろう?もうシャツはドロドロだった。
「すげーイイー」
「女とするよりいいよな」
「ああ。」
「早く代われよ」
「待てよ、今…」
「文生、俺のをしゃぶってくれよ?」
 固く閉じた唇に屹立したものを押し付ける。しかしすぐにポイントを探り当てられた文生は快感の悲鳴を上げ唇を解放してしまった。
「んんーっ」
(巽はこんなに酷くしなかった…)
 文生は今、体育館のステージ上にある館内放送室で犯されていた。
 先日、巽とのセックスを見てから、啓五は密かに狙っていたのだ。
 他のクラスの男子生徒と二人で昼休みの終る直前に拉致された。
「ここさぁ、スイッチ一つで学校中に放送されるんだよね。だけど普段は完全防音なんだ。」
 放送委員だという彼は自慢気にそう言った。
「大人しく犯らせてくれればそれでいいんだよ。」
 文生の体内にはまだ4時間目に犯された証しが残っていた。
「ひぇー、イヤラシイなこいつのケツの穴。男のモン呑み込んでヒクヒクしてるぜ。」
 マットの上に四つん這いにされズボンを剥ぎ取られた。指で大きく開かれて中を覗かれてしまったのだ。
(恥ずかしい…どうして僕こんなことされなきゃならないんだ…)
 羞恥を感じたのはほんのわずかの時間だった、すぐに貫かれ喘がされ…現在に至る。
「ここ、放課後使うのか?」
「使わないよ。」
「ならまだまだいいな。」
「ああ、平気だ閉門は6時だからな。」
(6時…)
 文生は意識が遠のいた。放送委員の男子生徒が文生から出て、啓五がすぐにまた交替で挿入した。でももう、何も感じないし何も考えられなかった。
「たつみ…」
小さな、小さな声でその名前を呼んでいた。
 すると文生の耳には遠くで巽が呼んでいる気がした。どうしてこんな時に巽の声がするのかが不思議だった。嫌いなのに。自分を辛い目に遭わせた根源なのに…。
 ドンドン、ドンドンドンドン…
 確かにドアを叩く音。
「誰か来たぜ。」
「先生かな?」
「だったらまずいな。」
 啓五が慌てて文生から引き抜き、着衣を整える。文生は半裸のまま毛布を被せて誤魔化すつもりだ。
「なん…」
 ドスッ
 それは予想もしない展開だった様だ。啓五は扉を開いた瞬間、無防備にしていた腹部を狙われた。
「さわんなって、言っただろう?文生は俺んだ、俺の…っ、文生っ」
 マットの上でぐったりしている文生を見て、巽の顔色が変わった。

 

「文生、今救急車が来るからな?もう少し我慢しろ?」
 文生に必死で下着とティーシャツを着せる。巽には救急隊員にでさえ、文生の裸体を見せるのが嫌だった。
「ごめん、辛い目に遭わせてごめん…俺が守ってやるつもりだったのに…」
 サイレンの音が、止まった。

 

「文生君はそんなに酷い病気じゃないんだよ。」
 文生の母親に連絡を取り、かかりつけの医師に診断してもらった。
「…なにか、無理をさせなかったか?…言いずらいのだが…擦過傷がある。」
 両手を握り締め、ゆっくりと顔を上げる。
「…強姦、されました。でもその前に僕が何ヶ月も毎日の様に文生を抱きました。
 文生の母さんに、友達だって言って色々、聞き出したから心臓の具合も知っています。だからセックスくらい大丈夫だって過信していました。」
「確かに、セックスしても大丈夫な程度の心臓だ。だけど無理は出来ないんだよ。
 それに…受け入れる方は負担が大きいんだ。
 他のことで発散させなさい。もういけないよ。」
 子供に言い聞かせる様に頭をポンポンと叩いて医師は去って行った。
「ちが…違うよ。俺…」
 巽は今、自分が言おうとしてことにはっと息を呑んだ。これは文生に言わなければいけないこと。
「ん…」
 文生が眉根を寄せ、辛そうに表情を歪める。
「文生?」
 ゆっくりと、大きな瞳が開かれる。
「気がついたか?」
 文生の唇が小さく震えた。
「や…いや…やだー」
 そして、興奮して叫び出したのだ。
「文生、俺だよ、巽だよ?もう大丈夫だから、な?」
 巽は暴れる文生の身体を抱き寄せた。それでも尚抵抗する。
「離せっ、イヤだ、さわんなぁっ」
 そっと、巽は文生の身体をその腕の中から解き放った。
「もしかして…俺もあいつらと同じなのか?」
 文生は答えなかった。ただ、身体を小さくして蹲り、ガタガタと震えていたのだった。