| 「や…だ…っ」 真っ赤な顔で抗われると、俺はどうしようもなくなってしまう。
 言う通り手出ししないでいるか、逆らって泣かすか。
 しかし俺はだらしなく腕を下ろす。
 「これ以上は…無理だ」
 「ごめん…でも…」
 分かっている、お前が一線を越えることを躊躇うわけ。
 東京でお前を待っている人たちの顔が浮かぶんだろう?
 「…いつ、帰るんだ?」
 と、突然武が質問してきた。
 「いつ…決めてないけど…」
 東京には帰らないつもりでいた。
 武と二人でこの場所で新年を迎えられたらと思っていた。
 「…元旦にしないか?そうすれば…」
 そうすれば?
 「新年は一緒に迎えられる」
 次の瞬間、俺は武を抱きしめた。
 「こんなに焦らす奴はお前が初めてだ」
 しかし唇を求めたら拒絶された。
 「…僕の前は誰だったんだよ…」
 「俺に抱かれようとしない人間が聞く権利ないね。」
 ドンッ
 俺の胸に重い圧力が掛かった。
 「帰れっ、顔も見たくない」
 どうしたんだ?たった今まで俺の腕の中で恥らっていたのに…。
 
 
 その後、何日経っても武は口を利いてくれなかった。
 
 
 仕事納めの日、武はその足で東京に戻ってしまったのだ。
 何が気に入らなかったのか、俺には皆目見当がつかなかった。
 
 
 一人、カップ麺に湯を注いでダラダラと続いているテレビ番組が視界に入ってはいたが頭には入っていな
 かった、そんな時だ。
 玄関のインターホンが鳴った。
 こんな時間にここへ来る人間は一人しかいない。
 躊躇った。
 自分ひとり置いて、さっさと帰ってしまった男と、何に憤慨しているのかさえ明かさない様な女々しい男と、俺
 はずっと歩いていけるのか…。
 「ごめん…」
 外から声が聞こえた。
 その声を聞いただけで、俺は全てを許していた。
 ゆるゆると立ち上がると、鍵を開けチェーンを外した。
 「決心は、ついたか?」
 答えは無かった。黙って室内に入ると俺の胸に顔を埋めた。
 「決心なんて…あの日からずっとしていた。」
 あの日?
 「僕は、横山が好きだったんだ、ずっと。ずっと前から。」
 何?
 「だから、何時だって良かったのに。僕にはお前が躊躇っているようにしか思えなかったんだ。」
 
 
 翌朝、予定通り俺たちは新幹線で東京に戻った。
 
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