= 車両故障 =
『でーと?』
 思いっきりひらがなで返事された。
「あかんか?横山さんたちと、もっかいダブルデートするまえに、ちゃんと二人でデートしてみたい、思うねんけど。」
『いいよ。』
 俺は最近、思う。

―雅治とえっちしたい―

って。
 最初はそんなこと考えて・・・いな・・・いない・・・いなくはないか、勝浦を妄想の中で裸にしたりしたから。
 だけど横山さんと一緒のときの武さんがあんなに色っぽい顔するんなら俺も勝浦とえっちしてみたいなぁ・・・
なんておもうんだけど。
『テル?どうしたんだよ。』
「え?あ、ごめん。」
 電話の向こうで勝浦が不服そうな声で返してくる。
『何時、行く?』
「・・・今度の土曜。」
『土曜か・・・家泊まるか?』
「いいんか?」
『何遠慮してんだよ。テルらしくないなぁ。』
「そんなん・・・気のせいや。」
 そう、気のせい。俺の下心も気のせい・・・?


「やっぱり自宅通勤だと貯金できるもんなぁ。」
 俺の車の中を色々物色しながら、最後に大きくため息をついた。
「車、欲しいなぁ・・・」
「好きなときに使ってええよ。」
「ほんとか?」
 やけに嬉しそうに返事された。
「ええよ。」
「そっか・・・でも・・・いいや。」
「何で?」
「だって・・・」
「ん?」
「プライベートで出掛けるときって、『でーと』んとき位じゃないか。」
 また、『でーと』がひらがなだな。
「だからつこうてええ、言うてるやんか。」
「あほぉっ」
 ピキンッ
「・・・関西人は馬鹿言われるよりアホ言われるほうがむかつくんや、覚えとき。」
「じゃあ、言ってやる。あほあほあほあほあほ、大あほぉっ」
 キキーッ
「大あほぉ野郎が、急に車を停めるなぁ〜」
「あほ、あほ言うな言うてるのが分からんのか?」
「あほだから言ってんだろうが。」
「どこがあほなんか言うてみっ」
「鈍感の大アホだよ。今んとこ俺がデートすんのはテルだけだろうが。」
 言いながら勝浦は怒っている。
「・・・ほんまや、大あほぉや・・・」
 なんて嬉しいことを言ってくれるんだか。
 これだったら俺の下心も叶うかもしれない。
「どうしようか・・・こんなになっちゃったよ。」
 な・何が?
「急に停めるからだよ。」
 だ・だから何が?
「テル?」
 怖くて、見られない・・・。
「いいのか?このまんまで。」
「何が、どうなったんだよ。」
 駄目だ、俺の頭の中は今、『下心』で一杯だ。
「何・・・って・・・ペットボトルひっくり返ってシートがぐちょぐちょ・・・」
「え?」
 勝浦を見ると確かにシートもぐちゃぐちゃだったけど・・・。
「雅治の方が濡れてるやないか・・・」
 ジーンズがびしょ濡れだ。
「俺は平気だよ、夏だから直ぐに乾くしさ。それよかシート、どうしよう。」
「後ろにバスタオルがあるから、それ敷いといてくれればええけど。」
「うん。」
 下心・・・爆走中・・・。
「テル?なにす・・・」
 シートを倒して勝浦の身体の上に覆いかぶさった。
「・・・したい?・・・」
 え?
「俺と、えっち、したい?」
「う・うん」
「だったらそう言えよ、あほ・・・」
 また、あほ言われた。


 で・・・
 思った以上に服が濡れていたので途中で買い物をした。勝浦を車の中に残し、一人で下着とTシャツとパン
ツを選ぶ。
 さて・・・今まで何度か勝浦の部屋に泊まったけれども、どんな下着を着けていたか、覚えていない・・・いや
、見ないようにしていただけなんだけど。
 とりあえずオーソドックスに無地で紺色のトランクスを選んでみた。サイズはM。
 Tシャツの好みは分かる、ミッキーマウスのバックプリント。色は赤。これならOKだ。
 パンツは・・・ウエストのサイズが分からないので、融通の利くゴムにしてみた。駄目だったら俺が引き取れ
ばいい。色はトランクスと同じ紺色。
「テルってディズニー音痴だろ?俺が好きなのはミッキーじゃなくてドナルドダック。」
 車に戻って手渡したら、第一声がこれだった。
「・・・俺はお前のウエストサイズ、知ってるぜ。76だろ?」
 え?なんで知っているんだ?
 後部座席でゴソゴソと着替えて、助手席に戻ってきて一言。
「これで、テルはその気になるのか?」
 ・・・俺に買い物に行かせたのは、そういうことだったのか?
「あそこに、ホテルがあるんだけどさ、目的地に行くか、ホテルに行くか、テルが決めてくれよ。」
 そんなの、決まっている。


「そんな、笑わんでもええやんか・・・」
 さっきからずっと、勝浦は笑い続けている。
「だって、テルってばすっげー、可愛いからさ。」
 そう、かな?
「俺さ・・・」
 急に笑いをひっこめる。
「テルと付き合うって決めたのは、テルが嫌いじゃない、テルと友達でなくなるのが嫌だって思ったからなんだ。
けどさ、最近は好きかなって思っているんだよね。」
 だから、さっきのセリフ?
「だから今日だって、テルと『でーと』しようって思ったし、キス以上の関係になるかもって、真剣に考えてきた。」
 ほんのり、目元を染める。
「ちゃんと俺、聞いたよな?目的地か、ホテルかって?」
 確かに、聞かれた。
「けど・・・雅治と来たかったんや、ここ。」

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 俺はずっと乗馬に憧れていた。
 で、勝浦は大学時代乗馬部にいて、よく馬の話をしてくれた。勝浦に惚れたのにはそんなこともあったんだ。
「馬が可愛いって思ったことがあるけど、テルが可愛いって思うなんて信じられないよ。」
 俺が今日、予約を入れていたのは、初心者でも乗せてくれる、乗馬倶楽部。勝浦は気の合う馬を見つけると、2
・3の注意事項を聞いて早速馬上の人となった。
 馬の首にふわりと手を掛け、優しく撫でる。馬は嬉しそうに頭を上げた。
 勝浦が手綱を引き、軽く腹を蹴ると、ゆっくりと馬は歩き始めた。
 馬上の勝浦は文句無く3割り増し、好い男だった。
 俺はと言えば、初めての経験だから、いちから教えられてへっぴり腰ながらも、やっとのことで馬にまたがり、
倶楽部の人に手伝ってもらって歩行をした。
 その頃、勝浦は馬場で馬を走らせていた。もうずっとペアを組んできた者同士みたいに、息がぴったり合って
いた。
「後藤さんのお友達、乗馬に詳しいんですね。」
 倶楽部の人が感心したように見ていた。
「大学時代、やっていたらしいです。」
「道理で。手馴れているから。大学の乗馬部って結構ハードらしいですよ。自分の係の馬が決まっていて、朝の
運動とかブラッシングとか、やるんだそうです。」
 途端に俺はその馬に嫉妬した。俺の知らない勝浦を知っている、馬に。

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「でも久し振りに馬に乗ったから、楽しかった。又来ような。」
 黙って頷く。
「晩飯は、」
 既に予約を入れてある。
「うちで食わないか?俺、料理できるんだぜ、これでも。」
 ・・・勝浦の、手料理?・・・
「行く。行かせてもらうわ。」
 予約、取り消さなきゃ。
「じゃ、買い物してこ。」
 前方のスーパーを指差した。


「奴に枝豆に惣菜の唐揚げ…」
「ビールのつまみっていったらこれだろうが。」
 威張っている。
「後でチャーハン作ってやっからさ。冷凍じゃないぜ。これはちょっと自信があるんだ。」
 あ、それでさっきせっせと野菜を切っていたのか。
「・・・あの、さ・・・」
 胡坐を正座に変え、改まって勝浦が俺を見詰める。
「本当に、俺とえっち、すんのか?出来るのか?」
 おい、待て。やっと封じ込んだ下心を、どうして簡単に取り出すんだ。
 しかし勝浦の目は、子犬のように純粋だった。真面目に、考えてくれている。
「色々、調べたんだ。」
 ど・どうやって?
「でもさ、俺にはいまいち、分からないんだ。」
「良いんだ、無理だったら、本当に・・・」
「この間はあいまいにされちゃったけどさ、俺がお前に押し倒されるんだろ?やっぱり・・・ってことは俺が・・・」
 フルフルフルッ
 勝浦は大きく首を左右に振った。
「俺、ヤダよ、お前の下に組み敷かれてあんあん言うのなんか。」
「俺は・・・」
 又、子犬の瞳だ。
「勝浦の大あほぉ・・・」
「おいっ」
「俺だってしたことないんやから、わかるわけないやん。」
 お願いだから、気付いてくれよ。
「・・・一緒に風呂入ったり、抱き合って眠ったり・・・そんなんでええんやけど。」
「そっか・・・」
 勝浦の腕が、俺の身体をしっかりと抱きしめた。


「・・・そ、それで・・・裏っかわを・・・ん・・・」
 勝浦のペニスが脈打つ。
 俺が言いたいことを分かってくれたのかどうかは定かではないが、晩飯の後、正確には酒飲んで酔い覚ましに
勝浦得意のチャーハンを食べた後、コンビニまでアイスを買いに行って、テレビ見ながらああでもないこうでもな
いと批判した後、二人で風呂に入った。
 初めて、間近で勝浦の裸体を見た、初めて自分の裸体を晒した。
「そんなに見んなよ、照れるじゃんか。」
 そう言いながらも別に隠そうとはせず、逆に俺を抱き寄せた。
「なんか、初めて・・・みたいだよ。」
 俺は本当に初めてだよ・・・。
 シャワーを出しっぱなしにしてキスをした。抱き合って、キスをした。
 初めてキスしたときは、唇を重ねることしか出来なかった。それがキスだと思っていた。
 次のときに勝浦が舌を挿入してきたからびっくりした。でも、物凄く気持ちよかった。
 何回かキスをしたから、多分上手くなっていると思う。
 キスの後、勝浦の顔が少しピンクに染まっていることがある。
 互いの身体にボディーソープを直接掌で塗りつける。丁寧に、洗い上げる。
「そこも、ちゃんと洗ってくれよな。」
 勝浦が意地悪っぽく言うから、ちょっと乱暴に洗った。
「あほぉ」
 まだ・・・。
 脱衣所でバスタオルに身を包むと、
「服、着んなよ。」
そう言って床に座り込み、俺のペニスをペロペロと舐め始めた。
「んっ、うふん・・・」
 うわぁ、なんて声出してんだ、俺。
「気持ち、いいのか?」
 首を縦に振るのが精一杯。
 砲身が全て勝浦の口腔に収まり、二・三回往復しただろうか?
「すま・・・やば・・・」
 頭の中は真っ白だった。
「今度は俺のもして?」
 ・・・で、さっきの状況だ・・・。


 一緒のベッドの中で裸のまま抱き合って、毛布に包まる。
 俺の太腿に勝浦の力なくうなだれたペニスが当たっている。
 ―雅治が嫌じゃなかったら、これ、俺の中に欲しい―
いつになったらこのセリフが言えるだろうか?