= 恋人願望 =
別にさぁ『合コン』好きなわけじゃないんだよ、これが。
 だけど何故か彼女が出来ないんだよね、一度も。
 だからといって未経験?と思われても困るが。きっちり、高校の卒業式の日、クラスメートと初えっ
ちはした、したけど深い関係にはならなかった。「田中くん、すきだけどね」で終わり。
 お互い持っていても仕方がないものを捨てたって感じだったかな?
 しかし何故特定の人間になってくれないかなぁ?
 横山と武は一年後輩だけどオレが早生まれだから同じ年なんだな。だからお互い気軽に話してい
た。
 だのに二人が付き合い出したなんてショックだったぜ。男同士が付き合うって、そんなにもてない
のか?あの二人。」
 武が転勤してきたばかりのことだ、オレは人事交流のごとく、合コンに誘った。
 拒絶することもなく、あいつは黙って会場に現れた。
 休日の昼間という団体見合いのようなセッティングだったが「仕事のスーツはご法度、普段着で」と
伝えたら春先だったが、黒のサマーセーターにジーンズと言う、本当に普段着で現れたがそれが妙
に似合っていた。多分本人も分かっていたと思う。
 当然、女の子のウケはよかった。
 しかしあいつは適当に女の子たちと会話をして、誰か特定の子と仲良くなることはなかった。
 横山が来てからも何度か誘ったし、一緒に来たこともあったけど、二人とも女の子のウケはいいの
にまとまることはなかった。
 武は終始笑顔で会話を楽しむ、横山は話題の中心だった。
 後藤と勝浦も連れて行ったが、何故かまとまらない。このメンバーは呪われているのかもしれない。
 暫くして横山から武と付き合っているという報告があった。月曜の朝礼で、突然だった。
 最近は後藤と勝浦もなんだかヘンだ。
 なんかうちの会社、もてない男同士が慰め合っていて…切ない。

 今年の夏はいつにない冷夏で、あまり無理して働いた記憶がない。
 八月の盆休み明け、出勤第一日目。
 この日、オレの今までの考えを大きく変える出来事があった。
 滞り無く仕事が終わり、オレは帰路に着いた。バカップルは相も変わらず並んで帰り、要注意カッ
プルはいつもと同様五分〜十分程度の間を空けて帰っていく。珍しく新婚の岡部部長は一番最初
に帰り、新しく赴任してきた安藤課長も早々に消えていた。
 残るは柴田主任に蝦名先輩と吉田。新人はかなり前にいなかったようだ。
 最後になりたくなかったのでそそくさと逃げるように出てきた。
 雑居ビルの一室を抜け出し、夜の喧噪の中に身を投じると安心する。
 今夜はなんとなく、飲みたい気分だった。
 いつもなら横山たちがいて騒がしくたむろする居酒屋だが、一人で足を運ぶのも悪くないだろう。
 四人掛けのテーブル席を一人で占領する。
 向かいに座る男たちや同僚同士で来ているグループらしき人々はみんな会社の愚痴を言いなが
ら飲んでいた。
 オレはただボンヤリと一品料理を数点並べて日本酒をちびちび甞めていた。
「こんばんわ」
 背後で声がしたが自分のことだと思わなかった。肩に手を置かれて初めて気付いた。
「あれ?西原さん?」
 良く行く会社の近所にある喫茶店の店員だ。
「珍しいですね?お一人ですか?」
「そうかな?いつも一人で行くけどね。」
 すると彼女は両手を動かして
「ちがいますよ、ここで、です。いつも一杯お友達がいるじゃないですか?」
と否定した。
「お友達、ね。君は学生なのかな?」
 今度は小さく左手が動いた。
「いえ、バイト…フリーターです、就職内定が取り消されてしまって…。」
 今の世の中、こういう人間は山ほどいる。
 気付いたら彼女はオレの席の空席に座っていた。
「誰かと一緒じゃないの?」
「えっと、実は後をつけたんです、ごめんなさい。」
 女の子に追いかけられるのは悪い気はしない、しないがちょっと怖い。
「いつも素敵な人だなぁって思って見ていたから。」
 なんか嬉しいことを言ってくれてる。
「なんだなんだ、隅に置けないことしちゃってくれてるじゃないか。」
 入り口の自動ドアから真っ直ぐにやってきたのは柴田主任と吉田だ。入り口から見える席に座っ
たのは失敗だった。
「そそくさと帰っていくから、てっきりヨコたちと飲んでるのかと思ったらデートだったんだ。」
 彼女は困った様子で微笑んでいた。
「こいつ、合コンで連敗続きだって、知ってる?モテないんだよねぇ…そんなんだけどいいのかな?」
 余計なお世話だ。
「あのっ」
 西原さんが意を決した表情で口を開いた。
「いつも一緒にこちらにいらしている方で、背が高くてちょっと怒ったようなお顔の方、なんですけど…」
 なんだ、後藤の方に興味があるのか。人を喜ばせやがって。
「あの人、同性が好きなんです。」
 は?
「お嬢さん、デートで憶測を言うのは良くない。」
「高校の先輩なんです、後藤さん。友達が好きだったんです。」
 なんか言い訳じみた話だな。
「ごめんなさい、余計なこと。でも…」
 柴田主任が
「田中は可愛い顔しているもんな…」
 オレは俯いた。
 頷いてからどうしてその話題になったかに疑問を抱いた。
「あほっ、悩むな。」
 柴田主任は笑っていた。
「今日は、一緒じゃないから、だから追いかけて来たんです。」
「吉田、河岸を変えるぞ。田中、最後のチャンスだ。頑張れ。」
 ポンとひとつ、肩を叩かれ主任たちは消えて行った。なんなんだ?一体?
「で?君は何が言いたいのかな?」
 彼女は俯いた。
「本当だわ。」
 小さく、呟いた。
 あ?
「ライバルが多いみたい。」
彼女はにっこり微笑んだ。
「私、あなたのことが気になるんです。付き合って欲しいなって、思うんですけど…駄目ですか?」
へ?
これって?
「オレで、いいの?」
「はい」
実に身勝手だが彼女が天使のように見える。
「あ、よろしくお願いします。」
 何言ってるんだ、オレ?
「ではまず手始めに、飲みましょう」
 彼女、西原薫はにっこり、微笑んだ。


 その頃。
「柴田主任…」
「大丈夫だ」
「本当ですか?」
 酔ってもいないのに真っ直ぐ歩けない男が約一名、いた。