= 田中くんの場合 =
 節の高い、ゴツゴツした指が、僕の股間をまさぐる。僕は知らないうちに声が出てしまう。
「あは…んっ」
 指がペニスをゆっくりと握り締め、そろそろと上下に移動する。
「はっ…あっ…」
 音にならない声が唇から漏れる。
「気持ち、いい?」
「……さん」

 ガバッ
「何でだ?」
 僕は、夢精していた。夢の中で柴田先輩に犯されて、イッてしまった。
 しかしどうして…ってまあ、心当たりがあるんだけどね。
 今日、駐車場で目撃してしまったんだ。
 勝浦と後藤、あの二人ができてたなんて…確かに西原さんが後藤はホモだって言ってい
たけど、目の当たりにしてショックだった。後藤が勝浦を押し倒す…でもあの怖面で女の子
を押し倒したら気絶するか。…女の子にはクールで無口な男に見えるらしいけど。
 で、二人がヒシと抱き合ってキスしていたからびっくり仰天だよ、やだね〜
 だけど…今の夢、どうして相手が柴田さんなんだろう?


(両手で、痛くないようにしてください。)
 なに?
(ほら、もう半分、うまっちゃいました。)
 うぐっ
(動きますよ?)
 いやだー。
 …アホだ。何想像しているんだか。そんなに興味があるのか?後藤がどんな風に勝浦を口
説いて、どんな風に抱くのか…。
 そう言えば、横山と武も付き合っているって宣言していたな。あの時の部長、可愛い顔の男
が好きだとかって聞いたことがある。今の岡部部長もその気があるとかって、総務課の子達
が話していたし…。
 確かに、うちの会社は女の子がすぐにいなくなる。彼女達は『イケメンが揃っている』と喜ん
で入社してくるのに、出るときには逃げるようにいなくなる。今はパートの奥さん達が仕切っ
ている。
 僕だってやっと、西原さんと付き合い始めたのに、なかなか進展しない…。
「田中さん、いつも上の空…もういいです」
 そういうと西原さんは怒って帰ってしまった。
 なんでデート中に変な妄想なんてしてしまったんだ…あほだ。


 それから一週間、電話もメールも無視、店でも僕が行くと休憩に入ると言う感じでなしのつ
ぶてだった。
「どうしたんですか?」
 背後から四位が声をかけてきた。
「女心は秋の空―新しい男かもしれませんよ?」
 それだけ言うとカウンター席に移動した。変な奴だ。
 しかし、奴が席に座ると程なくして、彼女が現れたのだった。そうか、そういうことか…やっぱ
りイケメンの方が良いってことか…。
 僕は振り返らずにレジで精算すると会社に戻った。


「彼女、先輩に話があるそうです。」
 ―来た―
「今夜、電話するって伝えてくださいって。」
「気にしないでくれ、別に僕が言い出したわけじゃない、勝手にすればいいんだ。」
「何か良くわからないですけど、伝えましたからね。」
 四位は伝言を言い置いてさっさと消えてしまった。全く、ヨコはどんな教育をしたんだ!礼
儀のない奴だな。
 トボトボと今日のノルマをこなすべく、僕は出掛けるのだった。

「ごめんなさい。まさかそんなこととは知らなかったから…でも何があっても私は田中さんの
の味方です。」
 そんなこと?
 西原さんの言っていることがわからなかった。
「四位に、言われて信じたの?僕がなにかアクションを起こしても知らん振りしていたのに
?」
「ごめんなさい、私…田中さんとあのときの…私が田中さんに告白した日に居酒屋に来た
方が羨ましくて、嫉妬しました。」
 また、柴田さんだ。
「薫、」
 初めて、名前で呼んでみた。
「僕は君のなんなのかな?」
「だってあの人がこの間、写真をくれたんです。」
 どうせ社員旅行で女装させられたときのだろう?
「あの人の隣で、とっても幸せそうに微笑んでいたから…。」
 ん?いつの写真だろう?
「なんで、私と付き合ってくれているんですか?本当に今まで女の子に縁が無かったんですか
?私…自信がなくなっちゃったんです。」
「好きだよ。」
 女の子は、このセリフが好きだ。
 電話の向こうから涙声で返ってきた「うん」という返事を聞いて、これでいいんだと自分に
言い聞かせた。

「ありがとな」
「何がですか?」
「ん…」
 四位を目の前にすると素直に礼を言うのがあほらしくなるくらいふてぶてしい態度だ。
「勝手に判断してしまいましたが、これで良かったですか?それとも一生愛人として日陰の
身に撤する方が良かったですか?」
 こいつ、何言っているんだ?
「四人も子供がいたら養育費を払うのは大変です。田中先輩は愛人以上にはなれない。」
 もしかしてこいつ…
「僕は西原さんと結婚するつもりだよ。」
 四位はニヤリ、と笑った。
「それがいいです。おめでとうございます。」
 くるりときびすをかえすとさっさと自分の席に戻った。
 僕は、遅かれ早かれ彼女とセックスするんだろう。そして離れられなくなる…。
待てよ?今四位は何を言っていたんだ?子供が四人?確か西原さんもそう言っていた…。


(そんなに必死な顔で耐えるなよ)
 だって、痛い。
(好きな人の唇が、自分の名前の形になるのって、いいな)
 何言って…。
(くぅっ、ぐっ、はっ、イクっ)
 ビクッビクッと痙攣の様に身体を震わせ、僕の中で射精した。


 は?
 なんなんだ、僕。欲求不満?
 最近、白昼夢を見る。
 妄想ではない…はずだ。
 自分の願望なのか、相手の願望なのか、わからない。