= そして… =
 白昼夢のせいでまともに顔が見られない。

 先週、久しぶりに彼女とデートした。
 夜の公園でキスをしてそのまま本能のままにセックスした。
 初めて肌を合わせたのに、なぜか全然興奮…というか、感動しなかった。身体は反応するけど
心の奥で冷めている感じだ。
 その晩だ、僕は男に抱かれる夢を見た。前から時々見たけれどもその晩から酷くなった。夜は
勿論、通勤電車の中で身動き取れない状態の時、会社で資料を作成している時、 定食屋で待
っているとき…頭の中の僅かな隙を突いてくる。
 白昼夢…と言うより、ただのすけべ心って感じがしないでもない。相手が柴田主任だというのが
原因だ。あの人は僕に彼女が出来るように色々アドバイスしてくれた。家に招待してくれて奥さん
の話を聞かせてくれたり、友達を紹介してくれたり、合コンをセッティングしてくれたり。
 大尊敬と共に大感謝しているし、あんな人になりたいと思うと同時に他の人に取られたくないと言
う、おかしい感情もあった。多分後輩の面倒を見るようになったときのことだろうと、自分を納得させ
た。
 僕が初めてジュニア担当のシニアになった時にもあれこれ世話をやいてくれた。
 こんなに長い間シニアとジュニアが同じ職場にいるのが珍しいのだ。
 大抵はジュニアは遠隔地へ異動になるのに僕は会社からも忘れられた存在なのか?


 最近、田中が変だ。私の顔を見ると俯く。…そんなに髪を切りすぎたかな?気にはなっていたがあ
んなに露骨に笑われると傷つくぞ。
 あの…西原さんっていったかな?あの娘は可愛いよなぁ。一度デートに誘っておけばよかった。
 あいつ、食ったのかな?上手くできたのかな?あーあいつのやることはいちいち心配だ。
 あいつは、初めからトロかったんだ。当時の部長からちょっと飲み込みが遅いけど、覚えればきっち
り出来るからみっちりしごきながら育ててくれ―そう言われて本当に一年掛けて指導した。
 一番手の掛かるジュニアだった。
 でも、それだけに思い入れも大きく、ささいな事でも気になる。
 前に岡部部長がジュニアが側にいると気が散ると言っていたのに、思わず私は頷いてしまった。横
山と田中は断固抗議していたが、最近横山には四位がついたのでわかるようになったらしい。
 田中の方が一年先輩だが、どうも不安だ。
 まだ暫くここから異動にはさせられない。先日、人事から部長に田中を仙台に…という打診があっ
たのだが、私は拒否した。まだ駄目だ。もう少し、そばにおいておかなければ、外には出せない。
 しかし、部長はそろそろ手放してやれと言う。いいのだろうか…。


 柴田さんが、僕を見ている。
 まさか柴田さんもあの白昼夢を見るのだろうか?そして…いや、まさか…だって柴田さんには愛す
る奥さんと可愛い子供達がいて、僕には薫がいる。だから…


(んぅっ)
 駄目、そんなにしないで
(お前のここ、いやらしい音がする)
 あなただって…
(なに?)
 僕を相手にこんなに固くしている
(好きだから)
 えっ?あんっ
(愛してる)
 うそ
(だから彼女とは…)


「うわぁっ!」
「ちょっと、大声出さないで下さい。柴田主任と又セックスしている夢、見ていたんですか?そこまでい
くと浮気願望ですね」
「違う!」
 担当を四位と変わるため、同行しているのに又だ。
 …でもどうしてこいつ、知っている?
「西原さんの方が嬉しいかも知れませんが、それでは私の目論見は失敗なんです。」
 目論見?
「種明かしをしましょう。暗示を掛けました」
 なんだって?
「だって田中先輩、鈍感だから全然気づかない」
「なんのことだよ?」
 人を馬鹿にしたような笑いを頬に浮かべ、言う。
「だって毎日楽しくないじゃないですか?何のために生まれてきたのか、考えてみて下さい。美味しい
ものを食べ、綺麗なものを着て、気持ち良いセックスをする…人間が求める最低限の欲望です。…叶
えたいとは思いませんか?」
「だから何が…」
 途中で遮られる。
「答えは、本人に聞いてください。」
 それきり、四位はハンドルを握りしめたまま、一言も発しなかった。


「暗示?あいつ、そんなこと言った?」
 翌日、駐車場でヨコに会った。
「うん…担がれたのかも。」
「あいつ、時々訳わかんないこと言うんだよなぁ〜。しかし暗示で夢を見るのかな?それは願望とか予
知とかなんじゃないか?ほら、紀貫之も言ってたじゃないか、あなたが私を思ってくれないから夢に出
てこないって。それと同じで、相手に好かれているんじゃないか?」
「…柴田さんだよ?」
「いけないのか?」
「だって妻帯者じゃないか。」
「ハルの問題点はそこか?」
「え?」
言われて気づく。
「西原さんは、いいのか?」
彼女…
「僕は、」
「言う相手が違います、田中先輩。相手は今、ここに向かってきています、ちゃんと、言ってください。」
「おい、四位、何考えているんだよ!」
「言いませんでしたっけ?私の母は少しだけ名の売れた占い師です。」
「だから、何だよ」
 僕は自分自身に気づいていない。どうしてこんなにムキになっているのだろう?
「どうしたんだ?」
 その人は大の男が三人で主婦の井戸端会議よろしく、集っているのを不思議そうに見た。
「田中先輩、横山先輩は私が引き取ります。」
 言うが早いか、ヨコは四位に営業車の中へ押し込まれて何処かへ走り去った。
「何か、用なのか?」
 この人が?
「主任」
 真っ直ぐに茶色い瞳が僕を見つめる。
 そう、嫌じゃ…なかった。
「西原さんなんですけど、」
「いい娘じゃないか、お前には勿体ないよ」
「はい…だから別れます。代わりに柴田主任の…」
 何になりたいんだ?
「ジュニアでいさせてください」
 …ばか
「さだまさしの歌か?」
 柴田さんが笑う。
「まだ手放さない。私の側にいろ。」
「はい。」
 あなたと僕は、ずっとこの関係がいい。
「西原さん、きっとお前の力になってくれる。大事にしろよ。」
 !なんで?