= わずらひ =
「やめ…」


 なんだ?
 どうして毎晩、同じ夢を見るんだ?
 そういえばこの間、ナカが白昼夢を見る…とか言っていたなぁ。四位の母親が有名なマジ
シャンとかで、暗示がかけられるとか…同じか?俺もかけられたのか?


「何もしていませんよ。」
 …冷笑、というのが良く合う言葉だ。
「武さんも岡部部長も後藤さんもいなくなってしまいましたね。」
 そうなんだよ。二人はともかく、高人は異動だよ。あの人は東京本社に戻るのだと思ってい
た。
 長崎…遠いなぁ…やっぱり一回くらい…何考えているんだ?俺。
「四位、今夜一緒に飯食いに行かないか?なーんか、一人はつまらなくてなぁ…あ、ナカ!
今夜飯食いに…」
 無差別に誘う。しかし引っかかるのはいつも四位だけ。
 ナカは柴田主任―部長の異動で課長補佐に昇格した―のあとを追いかけ回しているし、
藤田と吉田は相変わらずマイペースだ。
 尚敬と勝の穴はだれが埋めるんだ〜?


「勝浦くん、止めて…」
 ガバッ
 ついに相手がわかった。いつも尚敬の顔しか夢に現れないから相手が誰だか判らなかっ
た。
 やっぱり俺は気にしている。勝とテル、絶対に勝が受けだと信じていた。あいつがテルにヤ
られている方が想像できるからだ。
 しかし…実際は勝が攻めだった。高人も俺との時は俺が受けだったから、何か下心があれ
ば、尚敬がヤバイ!
 あー、この夢が本当だったらやだなぁ。


「日に日にやつれていますね。どうしたんですか?」
 朝、倉庫で荷物を出していたら珍しく四位が優しい言葉を投げてよこした。
「性欲の処理は自分でしてくださいよ。」
 前言撤回。
「母が、近江牛を送ってきたのですが今夜一緒にどうです?」
「うん」
 しまった。相手は四位だった。
「可愛いですね。」
 案の定、くくくっ、と喉の奥で笑われた。
「今夜はすき焼き、明日はステーキでいかがです?」
「いいね〜」
 はっ…以下しばらく同じことの繰り返し…
 夜は必ず四位の部屋。だからナカを呼べないんだ。
 で、絶対俺は酔って寝てしまう。そんなに飲んでいないのに。
「明後日はお好み焼きにしましょう。美味しいソースを手に入れたんです。」
 ん?
「待て。なんかこれじゃあデートみたいだぞ。」
「はい。」
「あ?」
 あんなに俺のこと嫌っていたのに?
「いい加減、気づいてください。あの三人を追い払うのは大変でした。田中先輩も邪魔になら
ないよう、他に目を向けさせようと苦労しました。」
 こいつ、何を言っている?
「聞いていませんか?私の母の話。」
 声も出せないのでただ首を左右に振るだけ。
「二人に、なりたかったんです、あなたと」
 ………
 くくくっ
 くそーっ、まただ。
「本当に可愛い人だ。」
 そういうと突然抱きしめられた。
「あなたは誰かに守られるべき人です。私ならあなたを守ってあげる。武さんは守ってくれな
い。」
 ぐいっ
 四位の身体を押しやる。

「俺は尚敬じゃないと駄目なんだ。」
「わかりました。でもデートはしてください。」
 それは、断れないだろう。職場も一緒、アパートも一緒。
 しかし否定も肯定もせず、その場を後にした。


「んっ…」
 ―尚敬…好きだ―
 自分の身体に触れてくる体温は尚敬しかいないと信じている。頬に温かい物が触れたから、
そう思った。
「由弘…さん。」
 聞き慣れた声だが尚敬じゃない…。
 ―誰?―
 でも目があけられない。覚醒しかけているのに…。
 自分の唇の輪郭を、指でなぞられている感覚。
―気持ち良い、もっと―
 はっ!
「おはようございます」
 又、四位の部屋…
「今、なんかしたか?」
「なにも?」
 優しい瞳で微笑む。なんか…良く見るとさ…良く見なくても…女の子にモテる顔…つまり男前
…だよな?
 うおっ!
 何故か心臓が跳ねた。
「先輩…」
 ん?
「布団が一組しかないのは謝ります。でも私の腹を直に触るの、止めてください。」
「すまん」
 あれ?なんか?ん?
「好きなんて嘘です。暗示も嘘。だから先輩は武先輩を想いながらオナニーしててください。」
 あかんべーをして風呂場に消えた。
 大馬鹿野郎!俺は怒り心頭で四位の部屋を飛び出した。

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「ボクは、貴方の寝顔だけで良いです。それ以上は無理みたいです。」
 シャワーの湯に混じり更に熱い雫が頬をつたい落ちた。