= メッセージ =
 かつみちゃんは僕が小学生だったとき近所に住んでいて、学校から帰ってくると気が付けば隣にいる
、それくらい懐いてくれていた子だった。
 泣き虫なくせに正義感が強くて、可愛い顔して気が強かった。
 君が入社式で真面目な顔をしてスーツ姿で立っているのを見つけたとき、ドキドキした。由弘には秘密。
 でも敢えて僕からは言い出さなかった。
 だってあのときから僕たちはいつも同じ事で揉めたからだ。
 ヒーローごっこをするときもいつも同じ脇キャラを選ぶ、町内会のクリスマス会で貰ったプレゼント交換
の品を取り合う、僕が大好きな秘密基地を君も秘密基地にしていたり…。本当に好きなものが一緒だっ
た。
 だから由弘も…。
 僕があのとき、由弘からのプロポーズに待ったをかけたのが原因なのは判っている、判っているけど由
弘を恨んでしまう。
 僕には君が必要なんだ、君に捨てられたら…その先なんてなにも考えられない。
 だから三人で…なんて言ってしまった。無理だ、僕は独り占めしたいのだから。
 折角由弘が長崎にいるのに、手を繋ぐことも、唇を重ねることも、身体を重ねることも出来なかった。そ
して心も重ならなかったのではないだろうか?
 かつみちゃんはそれを望んだ、だから必死で着いてきたのだ。


 とりあえず方向が定まったので僕たちは同じ部屋で寝た。正確には二人がベッド、一人がソファに眠った
。ソファに寝たのは由弘、僕とかつみちゃんが一緒に寝た。
「なおちゃん」
 僕にだけ聞こえるように小さな声で囁くように名を呼ばれた。
「ごめんなさい。」
 泣いているように思う。でも顔は見えなかった。
「なおちゃんが持っているものを欲しがる癖、直りませんでした。」
 君がどんな気持ちでその言葉を口にしたのかが今なら判る。
「うん。」
「帰ったら、終わりにします。それが言いたくて来ました。でも、好きです、彼が好きです。だから誘惑しま
した。」
「由弘が、僕以外の男と浮気したら別れようと思っていた。僕への気持ちなんかその程度なんだと、だか
ら浮気するんだって。けど由弘は、君のこと本気で好きなんだ。浮気じゃなかった。」
かつみちゃんは僕の胸に顔を埋めると首を左右に振った。
「なおちゃんの代わりで良かったんです。愛して欲しかったけど無理だから。」
思い出した、僕はこの子が可愛くて仕方なかったんだ。だから今も許そうとしている。
「由弘さんがなおちゃんをどれだけ愛しているか、ボクには判りました。だからあきらめます。いいんです
。」
僕は震える肩を抱き締めた。


翌朝早く、かつみちゃんは大坂に帰った。
僕は由弘と二人、なんとなく市内を歩いていた。
「後藤君がね、」
「わかったよ、もういいよ。」
突然、由弘は怒ったように立ち止まった。
「なんで、責めてくれないんだよ?俺、浮気したのに。しないって言い続けていたのにあっさり裏切ったの
に。」
「初めからわかっていた。何れ、四位君は由弘と関係するんじゃないかって。」
由弘は驚いたように僕を見た。
「理由は同じアパートというのがまず一つ。やたらと憎まれ口言い続けたのが一つ。あの子の由弘を見る
目が違ったしね。」
「こうして、そばにいてくれればあんな気持ちにならなかったのに。」
「無理だよ、僕は由弘に養われる気は毛頭ないからさ。」
「俺だってそんな尚敬を好きになったりしない。二人で、何か始められないかと思ったんだよ。例えばラー
メン屋とか、コンビニとか、いつも一緒にいられること。」
僕は由弘の顔を見た。
「由弘の実家は?牧場。」
それに対しては過剰に反応した。
「それは勘弁してほしいな。」
僕はすごく興味があるのに。
「生き物が相手だから365日24時間絶えず神経を使わなければいけないんだ。」
そうだよね。
「違う、道か。」
「俺たちが結婚するには問題が山積みだよな。一つずつ解決しないとな。」
え?
「ちょっと待って。四位くんはどうするの?」
「ん。終わりに、する。」
「任せる」
ごめんね、かつみちゃん。僕は逃げ出してしまったよ。
僕が君の名前を出したら由弘はそう言うにきまっているんだ。
一番狡いのは、僕だ。
「なんで四位くんとセックスしたの?」
「…またストレートだな。
毎晩一緒に飯食ってた。であいつも食ってみたくなった。泣きそうな目で見るんだぜ、思い出にするからっ
てさ、縋り付かれたら女じゃないし、いいかなって。…俺にも覚えのある感情だしな。」
え?
「あれ?尚敬には話してなかったっけ?田原さんのこと。」
「田原…さん?」
初めて聞く名前だ。だって由弘は今まで昔の恋愛話は絶対にしてくれなかったじゃないか。
「ん、高校の先輩で俺の初めての人だよ。すごく好きだった、身体の関係だけでもいいから、繋がりが欲
しかった。」
知らなかった。
「四位があの時の自分と重なったんだ…。振り切ることは出来なかった。ま、結局は浮気だけど。」
由弘には笑って言える程度のことなのだろうか?
「テルが来た」
短い逢瀬が終わった。
「一杯セックスしてきたか?」
「横山さんおやじ臭いです。」
後藤君に冷ややかな目で見られて流石に恥ずかしくなったらしい。
「じゃあ。」
「うん」
次はいつ会える?という問いを飲み込んだ。
「尚敬、次の土曜、又来る。」
それを見越したような由弘の言葉。
―かつみちゃん、僕が帰るまで、だからね。―
気づいたら拳を握りしめすぎて自分の爪が掌に食い込み皮膚を破って血が流れていた。