= 資源ごみ =
 ドア横にあるインターホンをわざと使わずにノックをする。
 内側から鍵が開き四位が顔を出す。
「おかえりなさい」
 今朝、別れたばかりなのにすごく懐かしく感じる。
「夕飯、食べてきちゃいました?」
 三和土から上に上がらない俺をほんの少しだけ高くなっている室内から見下ろす。
「ごめん、もう…ここには来ない。」
「じゃあ、由弘さんの部屋ですか?」
 俺は黙って首を振る。
「…いいんです。長崎に行くと聞いたときから分かっていたことですから。あなたが、決めたんで
すよね?武さんを、やっぱりあの人を選んだんですね?私は…振られたんですよね?」
 …口調は以前の様に固いけれど表情は否定の言葉を待っている。
「ごめん」
 俺は四位を抱き寄せた
「優しく、しないで。惨めになるから。あんなところまで追いかけて行って、挙げ句に振られたんじゃ
ただの道化だよ。」
 何度も鼻をすする。
「本気で好きなのに。あなたがいないと呼吸も出来なかった。長崎からここまでどうやって帰ってき
たのかわからないんだ。」
 腕の中で四位が泣いている。
「愛人でいいのに。一番でなくてもいいのに。あなたの近くにいたいのに。」
 今、もう一度この腕に力を込め精一杯抱き締めたら、武を泣かすことになる。
「ご…」
 ピピッ
 ポケットの携帯電話がメール着信を告げる。
「もう一度、考えて?」
 四位の肩に両手を添え、身体を離した。
「もう、駄目だよ。四位が傷つくだけだ。」
 すると、四位は急に大声で笑い出した。
「ゲームオーバー…ですね?完全に私の負けです。武さんとお幸せに。」
 そう言うと俺に背を向け、微動だにしなくなった。
「ごめん」
 もう一度だけ、背中に繰り返し、部屋を出た。



 分かっていた、分かっていた、分かっていた、分かっていた、分かっていた…馬鹿みたいだ。こん
なに沢山の料理、こんなに沢山の性具、こんなに沢山のあなたへの思い。
まだ溢れているのに。
 どこへ捨てたらいいのだろう?
 振られるのが自分だってこと、分かった振りしていたけど期待していた。わずかかもしれないけ
ど何億分の一かも知れないけど、可能性にすがっていた。
 ゴミ袋を取り出し、皿に乗っている料理を全てぶち込んだ。買い置きしてあるコンドームもゼリーも
もういらない。あなたが使ったバスタオル、パジャマ、ハンドタオル…箸は燃えるゴミでいいのかな?
 もう一枚、ゴミ袋を取り出し茶碗、コップ、カップ、歯ブラシ、ブラシと片っぱしから放り込んだ。
 それでも心は軽くならない。
 でも、これでいいんだ。
 なおちゃんが帰ってきて二人が互いの部屋を行き来するたまの空白日に、自分の時間があてがわ
れる状況になったとき我慢出来るわけないんだ。
 選ばれなかった自分、愛されなかった自分。それでも明日は来てしまうのだから。
 ボクの愛は燃えるゴミだろうか?燃えないゴミだろうか?


「うっす」
 がしっ
と、掴まれるように腰を抱かれた。
 少し前なら別に何も感じなかっただろう行為なのになぜか動揺してしまう。
「なんだよ」
「お前、同期に朝会って目が合ってもしかとかよ?」
「そうか?気付かなかったぞ。」
「なにかあったのか?」
藤田にじっと見つめられ、思わず視線を反らした。
「ここんとこやけに良い顔しているなって思ってたけど、今日はまた逆に最悪の顔だな。目は腫れて
るし顔は浮腫んでるし、彼女に振られたか?」
 こいつは悪気があって言っているのではない。わかっている。
 なのに、必死で奥歯を噛み締めても涙がにじんできてしまった。
「いくぞ」
 そう言うと藤田はボクの二の腕を掴むと会社とは反対方向に向かった。
「四位が泣くなんて余程のことだろう?」
 前に彼が言っていた。同期とはこういうものなのだ。何も言わなくてもわかってくれる、そんな存在な
んだ。だから彼も同期だから…。
「あ」
 声に出すつもりはなかった。でもパブロフの犬みたいに条件反射だ。
「やっぱり原因はあの人か。」
 やばい、気付かれた。
「オレが気付かないと思ったのかよ?オレを捨ててあんなボロアパートに移ったりシニアに決まった
ら寝坊ばかりしていたお前が朝一番に出社して社用車全部の掃除してただろうか。そんなに嬉しか
ったか?」
 今は頭を動かすことも出来ない。
 ただ藤田に連れられるまま、電車に乗り込んだ。

 ドアを開けるなり抱き寄せられる。
「悪いけどオレ、そういう趣味は無いから。」
 そう言いながら優しく背中をさすられた。
「けどお前が泣いてるのはイヤだな。」
 こいつ、一人でずっとしゃべってる。
「普段は無関心なくせして。」
 藤田は初めから何に対しても無関心だった。なのによく気付いたな。
「四位がゲイだっていうのは同期のヤツラ皆知ってるぜ。」
「ボクに、自覚がなかったのに?」
「無かったのかよ?こりゃあ、天然だね。」
 話をしながらさりげなく藤田は身体を離した。
「慰めてくれるのか?」
「お前がそうして欲しいなら。」
「じゃあ、セックスして。抱いてよ。」
「いいけどさ、その前に話したいことがあるんだ。」
 簡単に流されてしまったことに軽くショックを受けたが、ベッドに腰かける様促され、あまりスブリング
がよくないマットレスに座ると横に藤田が陣取り意外な話を始めた。
「武さんはいい人なんだ。」
 そんな、分かり切ったこと…
「お前のシニアがいい人だったように俺のシニアもいい人なんだ。恋愛感情とかではなく、好きなんだ
よね。分かる?」
 なんとなく。
「武先輩を泣かす奴なら横山先輩が敵を取ってくれるだろうと信じていたのに彼が泣かせる張本人に
なるなんて、最低だと思った。」
 藤田は一回、言葉を切る。
「武先輩は信じているんだ。何があっても横山先輩を信じている。なあ、実際お前等どうなってるわけ
?泣いてるようだから昨日の長崎行きは最悪だったんだろうな?」
「あの人は新しい恋愛の形を探そうと言ってくれた、でも彼は終わりにしようと言いに来たよ。」
「だろうな。武先輩の代わりを四位ができるわけないんだ。あの人は特別なんだ。」
かなり失礼なことを言われているのに、ボクは納得していた。
「お前は尽くすタイプじゃないだろう?跪かせかしずかせるのが似合ってる。」
 背中をポンと叩かれ、なにかか抜け落ちた気がする。
「うん、そうだ」
 確かに、そうだ。



 …そっかわかった、資源ゴミだ。
 いつか立ち直れた日に、新しい愛を見つけなければ。
 リサイクルする、思い。
 大丈夫、人間は何度でも立ち上がれる、強い動物だから。
 まだ、生きて行ける。
 でもしばらくは立ち直れないだろうな、会社で会いたくないな…。