= 乱 その後 =
 福永専務にプロポーズされたその週末。
 金曜日の帰りに拉致監禁された。

「いやっ、んふっ、んんっ、はぁ…」
 合間にゼーゼーと荒い息遣いが混じる。
「どっちがいい?横山君と。」
 ボクの心臓が跳ね上がった。
「何のことですか?」
「見ていればわかる、恋敵が誰かだなんて。でもなぁ、顔じゃあ、自信があるけどそれ以外は負け
ているからなぁ。」
 笑いながら言っているが結構本気だ。
「彼は、違います。私のシニアですから。」
「だから、じゃないのか?」
「専務、しつこい人、私は嫌いです。」
「ごめん。」
 福永専務は素直だ。
「でもさ…セックスしながら専務はないだろう?」
「まだ、恋人だと認めていません。」
「恋人ならもっとかわいい顔で笑うのか?もっと砕けた口調で話してくれるのか?もっと…甘えてく
れるのか?」
 再びボクは専務に貫かれ、悲鳴を上げるのだった。


 金曜の夜拉致られ、月曜の明け方車でアパートまで送られた。その間は殆ど一糸纏わぬ姿で彼
に抱かれていた。
「親父は何かと言えば縁談ばかり持ってくる。思い切って自分で事業を起こそうかとも思うけど、親
父の気持ちを考えるとなぁ。」
「結婚、すればいいじゃないですか。」
 眠い目を擦りながら白々と明ける街に視線を漂わせる。
「してくれるのか?」
「だから、どうして私なんですか?」
「一目惚れだって言ったじゃないか。分からないヤツだな。」
 二泊三日で強姦した男が何を言う。
「何も…知らないくせに。ボクのことなんか何も知らないくせに。惚れだなんて言わないで欲しい。」
「四位は相手の何もかもを把握してから恋に落ちるのか?」
「凄い屁理屈ですね。そんなことを言っているんじゃない。貴方は…ボクのタイプじゃない、はっきり
言って苦手です。」
「でも身体の相性は良かったじゃないか。四位の条件は満たしたぞ。」
 ボクはその件に関しては俯くしか無かった。確かに、良かったのだ。あんなに善がって泣いて、こ
の男の背中にしがみついて何度もねだったのは事実だ。
「欲求、不満だったから。もう随分セックスしていなかったから。」
 ウソだ。つい最近までボクは由弘さんに抱かれていた。
「前の男…好きだったのか?」
 少し、声のトーンが落ちた。
「愛して、いました。」
 そう、何も見えない位…どうしてあんなに深く、貴方を愛したのだろう…。
「何故か分からないんだが、うちの会社ゲイが多いんだ。多分、オレのせいだ。オレがあっちこっち
で男あさりするからだ。」
 車に乗ってから初めて専務の顔を見た。
「オレが本社にいるのは二丁目に通うのが日課だからだ。別にこっちだって構わないけどさ…誰もオ
レを愛してはくれない。」
 自嘲的な笑いを口元に浮かべながらも、瞳は泣いていた。
「専務、私今日は休みます。部長にそう伝えておいてください。」
 車から降りる時、ボクはそう告げた。


「いいけどさぁ…」
 由弘さんはまだ寝ていた。ボクは無理矢理に彼を叩き起こしたのだ。
「貴方のためにも付き合ってください。」
 そう説き伏せるために。


「これくらいだったら、丁度良いけどな。」
 由弘さん以外、今のボクに相談できる人はいない。
「金額的にも、無理は無いだろう?」
「はい。」
 条件的にもクリアだ。
「大丈夫でしょうか?」
「さぁねぇ…」
「冷たい。」
 由弘さんはボクの頭を子供のようにポンポン、と叩いた。


翌日。
「四位。ちょっといいか?」
 そう言って僕は専務に呼び出された。
「あいつ、武君とできてるんだろう?お前が追いかけているのか?」
 廊下の隅で誰にも聞こえないように配慮しているつもりのようだ。
「他人のプライベートを会社で話すつもりはありません。勿論自分のプライベートも持ち込みませ
んから。」
 失礼します、と頭を下げて下がろうとした。すると肩をがっちりとつかまれ、抱き寄せられた。
「ちょっ…何するんですか?」
「昨日、休んで二人で何していた?オレの精子をあいつが掻き出したとか?」
 ボクは思いっきり専務の胸を突き飛ばし、頬を叩いた。廊下に乾いた音が響いた。
「ボクは、あなたの想いに、まだ答えていない。」
 それだけ言うと、専務を廊下に置き去りにして事務所に戻った。
 いくらなんでも、由弘さんに失礼だ。あの人は、本当に優しいんだ…。


 金曜日。ボクは再び拉致られた。
「月曜から一週間、オレとお前は有休にしたからな。絶対に服なんか着せてやらない。」
 そう言うと僕をベッドの上に押し倒した。ボクは渾身の力を込め、専務を突き飛ばす。
「専務のやっていることは犯罪です。分からないんですか?これがボクだからいいけど、女の子だっ
たらどうするんです?」
「女だったら…孕むまで犯す。その方がどんなに楽か。簡単にオレのものになるじゃないか。一生
恨まれたって構わない、好きなだけそいつを抱いて可愛がってやるんだ。」
 ボクは専務の胸に縋った。
「お願いだから、諦めてください。ボクには…好きな人がいるんです。」
「ウソ…だろう?だってお前…失恋したって…聞いて…。」
 やっぱり誰かがこの人に情報提供していたんだ。この人がボクに好意を抱いてくれているのを知
っている人物なんだ。
「横山…あいつ武と別れて?お前を選んだのかよ?なんだ…。」
「専務。すぐにこのホテル、引き払ってください。」
 専務は三ヶ月間、このホテルに宿泊するつもりでいる。

「もう顔も見たくないか?」
ボクは黙って荷造りを見ていた。
準備が整い、ホテルをチェックアウトするとボクは専務の車の運転席を占拠した。
「送ります。」
「最低だな。」
何に対して言ったのだろう。


「着きました。」
走ったのはほんの10分程。
「マンション、借りました。今夜からここに住んでください。」
専務は呆気にとられた顔でマンションを見上げている。
「家事、出来ないんだよ。」
「早く。」
つべこべ言わせずに、部屋の中に入るように促す。
「どうせなら眺めがいいとか、綺麗とか、外層が洒落ているとかなかった…」
途中まで言い掛けた文句が表札を見て止まった。
そして一刻も早く確認しようとするようにドアを開けた。狭い三和土で室内を見た専務は呆然とつっ
立っていた。
「一緒に、暮らしてくれるのか?」
「ボクが社長婦人でいいのなら。」
「いいに決まってるじゃないか。結婚してくれ!」
ボクは頷いていた。
「愛して、ください。」


「ちが…う…あっあっ…もっとっ…」
 専務の細くて長い指が、ボクの敏感になったペニスを握り締め、扱く。ボクはあっと言う間に上り
詰め達しそうになる。
「何が違うんだ?毎晩、抱いていいんだ…この身体。どれだけ夢に見たか。」
ボクは専務に唇を重ね、舌を吸うことで塞いだ。
専務のペニスは飽くことなくボクを突く。
「あぁっ、んっ、壊れるっ」
本当にこのままでは壊れると思う。けど仕方ない。
「巧一さんっ」
「ん?」
嬉しそうな顔がボクを見詰める。
「ボクだけ、愛して。」
「当たり前だ。愛してる、勝美。」
「好きです、巧一さん。」
 由弘さん、貴方に会えたからボクは自分に素直になれた気がする。愛される幸せに気付けたんだ
と思う。抱かれることを選べたんだと思う。
 もう、振り向かない。