= 愛してる =
「!」
「イッた?俺はもうイッちゃったよ。」
「由弘の変態!」
 荒い息遣いで悪態ついても迫力はない。
 毎晩掛かってくるラブコールの最後は決まってテレフォンセックスになる。


「なんでかなぁ?」
「また言ってる」
「だって絶対におかしいです。横山先輩が武さん置いて行くなんて。連れて行ったのが田中
先輩ですよ?なんでだ?」
 由弘は今大変なんだ。だから二人で新しいことを始める計画は白紙に戻した。
「横山は顔が広いからね、各地から引っ張って行ったはずだ。」
「あ〜、納得できない。」
 福永君…っと、専務は先日帰京した。まさか彼がかつみちゃんを追い回した挙げ句、監禁し
てまで口説いたとは驚いた。
 由弘と福永君は仲が良かった。今考えれば趣向が同じだったのだ。でも当時は二人が一緒
に居ることに軽い嫉妬を覚えたが、今ほどではなかった。
 由弘の後を追うように福永君が本社に戻った、かつみちゃんを置いて。
 カッちゃんはそれを怒っている。僕とかつみちゃんを一緒の場所に居させるのはおかしい、連
れて行くなら僕だろうと。
 でも。
「新しい営業所を立ち上げるのは大変なんだよ。」
 そういうしかない。
「社長命令だしね。」
 福永君のお父さん(社長だが)は、最初から由弘を買っていた。
 いずれ出世街道を歩くだろうと思っていたがその時が来ただけだ。
「部屋、広くないですか?」
「かなり」
 僕は大坂に戻るなり、新しい部屋の鍵を渡された。すでに僕の部屋は解約されており、すっか
り荷物は運び出されていた。
 そこで一週間、一緒に暮らした。わずか一週間だが由弘がいた痕跡の残る部屋で毎日過ごす
のは正直辛い。
 長崎のアパートに由弘を入れなかったのはカッちゃんとの共同生活と言うこともあったが、あい
つの匂いを感じたくなかったからだ。
「でも離れられないんだ。」
 引っ越したらあいつとの糸が切れそうで怖い。
 もう、離れたくない。僕は本当にそう思った。
 社長は入社当初から由弘を側に置きたかったようだが、蝦名専務に反対されたらしい。
 いつか、君は経営側の人間になるのだろうか。


「婚約?」
「みたいなもんです。」
 俺は必死で堪えていた。
「日本は同性同士の結婚は許されていないのだが。」
 曖昧な言い方は福永社長の特徴だ。
「功一さんは男性と結婚しました。」
「なに?勝手に結婚したのか?私はちっとも知らないぞ。どんなヤツだ、あの頑固な男を落とし
た男は。」
 社長の腕が伸びてきた。ゆっくりと俺に近づくと、腰に回して自分の身体へ引き寄せる。
「あいつの嗜好は、変わらないのか?」
「全く駄目です。」
「そうか…横山君なら良かったのに」
 そのまま俺の肩に頭を預けると大きく息を吐いた。
「相手の子は…その…」
「頭の良い素直な子です。ちょっときついですが。俺がシニアですから保証します。」
「そうか…突然大坂に行くなんて言うから、てっきり君に会いに行ったのだと思っていたよ。」
 俺はそっと、社長から身体を離した。
「言ったじゃないですか、俺には好きな人がいますって。だから功一さんとは何もありませんでし
た。」
「残念だ。」
 社長はゆっくりと自分の椅子へ歩を進めた。「君なら、新しい息子になってもらっても歓迎なの
だが。」
 俺は首を振った。
「やっと、手に入れたんです。諦めかけたこともあったけど、今度こそ手に入れたんです。もう離
さない、愛しているんです。」
「君も、功一も、どうして男を恋うのだろう?」
「多分、俺は弱い人間なんです。一人では生きられない。戦友が欲しいんです。女では補えない
何かが在るんだと思う。けど。」
 女の子が嫌いなわけじゃない―と付け足した。
 俺の初恋の人は女性だ。中学のとき、当時高校生だった二つ年上の人だった。
「守られたいのかも」
 社長は大きく頷いた。
「確かに、弱い生き物だな。」
 俺はそれを機に退室しようと頭を下げた。
「横山君が連れてきた田中君だがね、」


「最近、帰りが早いのね?」
 光希は素直に当たり前の事を言っただけだった。
「悪いのか?」
 なのに俺は、異常に腹が立った。
「悪くないわよ。ただ身体の具合でも悪いのかと思っただけ。」
 少しムッとしてリビングから立ち去った。
 光希を愛している。子供達を愛している。他になにが足りないんだ?
 答えは知っていた。しかしそれは考えから外すことにした。


「見合い?社長が?」
「うん。フリーかって聞かれたからそうですと答えた。いけなかったか?」
「いや、構わないけど。」
 俺は正直なところ、女性に対して軽く恐怖症になっていた。勿論、原因は…彼女だ。向こうから
誘ったくせに自信がないとか言って別れようと言われた。まぁ、バージンじゃなかったし、そういう
ことなんだろう。
「相手、聞かないのか?」
「有名人か?」
「ああ。功一の妹だよ。」
 なんだって?
「社長、ナカのこと気に入ったらしい。」
「ちょっと、待ってくれ…」
 思考停止中。


「なんですか?」
「冷たいなぁ、それが電話してきた単身赴任の旦那に言うセリフかよ。」
 暫くの沈黙の後。
「用がないのなら切ります。」
 オレの愛するハニーは言うが早いか電話を切っていた。受話器からは無機質な音が空しく流れ
ていた。


 無神経な奴。
 会いたいんだよ、ボクは。会って抱き締めて欲しい。声なんか聞いたら泣き出してしまいそうだ。
 寂しいんだよ…馬鹿で鈍いヤツなんだ、功一は。


「そっかぁ…」
「ナカは、早く身を固めた方がいいと思う。その方がお互い傷つかなくて済む。」
 うん―分かっている。わざわざ茨の道を歩くことはない。でも最近の柴田さんの様子を由弘は知
らないから言えるんだ。
「でも…相手は正海さん、なんだろ?」
「うん。」
「もっと大変だよ?別の意味で。」
「確かに…」
 由弘のため息が聞こえた。
 正海さんはミスM大に選ばれたり歩いているだけでスカウトやナンパがぞろぞろ着いてくる美人
だ。
「彼女、由弘のこと好きなんだろ?」
「直接本人からは聞いてない。そんなことより、尚敬のあの声が聞きたい。」
と、甘えた声で囁かれ、僕は頬が熱くなるのを感じる。
「足、開いて?」
 素直に応じてしまう。
「今尚敬の、どんな状態?」
 馬鹿っ
「半分、だけ…」
「俺は完璧」
 また今夜も…?


 信じ…られない。功一が電話を切ってから三時間後に部屋に来た。玄関のドアを開けるなり、
いきなり押し倒された。
「駄目っ、ちゃんと…ベッドでしたい。」
 聞いてなんかいなかった。あっと言う間にパジャマは剥がされて踏み潰された蛙の様な格好で
指三本を突っ込まれた。
「功一、痛いっ」
「お前に、そんなこと言う資格はない。」
 それだけ言うと抽出を繰り返した。
「あぁん…」
「淫乱な身体だ。」
「やぁ…っ」
「会いたいならそう言え。毎日ここから通ってやる。オレは勝美がそんなにオレのこと思ってくれて
いたなんて気付かなかった。」
「酷…いっ、愛してるのに。」
 功一の唇が嬉しそうに降りてきた。

「田中先輩が?」
「あぁ。横山君は無罪放免だな。」
「社長ってそんなに義妹さんが可愛いんですか?」
「あいつしか眼中に無いんじゃないかな。」
 複雑…。