= 恋人の距離 =
「なんでや?なんでそないに武さんとばっかり話てんのや?」
 マンションに帰ったらいきなり投げかけられた質問だった。
「なんか、あったんやろ?あっちで、武さんと寝たんか?」
「あほらしい」
 本当に、何を言っているんだか…
「横山先輩、四位のやつと浮気してたんだぜ?そいつを武さんの側に残したまま、横山先輩
は東京に行ってしまったんだぞ?」
「そないなこと、うちらには関係あらへんのとちゃうか?第一四位は今、専務に落ちて新婚や
し。」
「は?」
「四位、福永専務と?」
「せや。専務が犯罪ギリギリ迄追い詰められるほど四位に惚れてたらしいんや。で、あいつ
はほだされて落ちたんや。」
 そんなことがあったのか。
「テル、今度の休みは乗馬に行こう。」
 何も僕が心配しなくても良かったらしい。
「って、何してんだ?」
 後藤の指が僕の腹の辺りをまさぐる。
「その気に、ならへんかな、思うてな。」
 あほか。
「雅治、そないに自分のこと邪険にすると、させてやらへんからな。」
「いいよ、別に。」
「ええって…なぁ、前から気になってたんやけど、雅治はセックス嫌いか?」
 僕は突然の質問に後藤の顔をまじまじと見た。
「嫌いじゃない。だけどお前とするのは抵抗がある。」
「抵抗って、なんやねんな?」
 わからないから上手く説明できない。
「テルのご家族にも、挨拶にいかなきゃと思ってはいるんだけどなぁ。」
「無理せんでええ、ゆうたやないか。」
 そうだけど。
 普通、女だったら嫁にくださいって言えば良い。けどテルの両親にはなんて言うんだ?僕
の両親には何と言うんだ?
「ここに、越してきてええか?又いつ離れ離れになるか分からんし。出来るだけ一緒の時間
を沢山欲しい、って思うとるんやけど。」
「テル、お前どう思ってるんだよ?僕とは身体の関係でいいのか?それとも横山先輩や四位
のように、永遠の愛を誓う心づもりがあるのか?」
 小さく、首を斜めに傾けた。
「雅治がいてへんかったら、生きててもしゃあない思うくらい好きや。けど自由は奪いたくない
んや。」
「奪う?何で?」
「雅治にもやりたいことぎょうさんあるやろ?自分もある。束縛して出来へんかったら後悔す
るかもしれへん。」
 束縛、なのか?
「このままで、いいんだな?」
「せや。僕がここに転がり込んでしたいときにして、したくないときはしなきゃええんや。」
 それは…セックスのことか?
「馬鹿。本当のこと言えよ。前向きに検討する。」
「矛盾してるのはわかっとるんや。けど、自分の想いを強引に押しつけて一緒にいてもろうて
、なんかすまん思うんや。違う、雅治はちゃんと自分のこと好いてくれてるって分かっている
んやけど、どつぼにはまってもうたんや。」
前から気付いていた。後藤は顔に似合わず繊細な人間だ。分かっていながらついつい甘え
ていた僕がいけない。
「輝基」
照れくさくて滅多に呼ばないファーストネームを口にする。
そのまま黙って抱き寄せ、口づけた。
「ここ、出るよ。二人で暮らせる所を探そう。輝基のご両親にも会う。真剣に付き合いたいって
言う。僕の両親にも会って欲しい。」
「雅治…」
後藤は泣き出しそうな顔で見上げた。
「最後の、男でいいか?テルの最初で最後の男になってもいいか?」
無言で頷く。
後藤は僕の胸に縋って音もなく泣いた。延々と涙が枯れるまで泣いた。
やがて、静かに離れると意外なセリフを吐いた。
「一緒には暮らさへん。」
「なんで?」
「ええんや、今のままでええ。なんも変わらなくてええんや。」
言っていることが矛盾している。
「自分がこれ以上みっともないとこ、見せたくない。」
「雅治の気持ち、信じとうゆうても、どこかで信じられへんとこがあったんや。一緒に暮らした
いゆうたらどうすんのやろって、ちいとばかしの好奇心や。」
「じゃあ真面目に考えてくれ。」
本音を言えば後藤が傷つく。だから敢えて嘘を言う、僕は嫌な奴だ。
「嫌や。自分は家を出られへん。大坂以外の場所には行かれへん。」
「なんで、分かったんだよ…」
僕は大阪に骨を埋める気はない。いつか関東―出来れば東京に戻って一旗上げたいと考
えている。それを後藤に話したことはない。
「僕がゲイゆうたら、おかんは腰抜かすんやろな…そないなこと出けへん。マザコンいわれて
もかまへん、無理なんや。」
僕達は根本からすれ違っていた、初めから身体だけの関係にしておけば良かったんだ。
「僕に、どうしろと?離れたくない、けど一緒にもいられない。小娘じゃないんだ、それで納得
なんか出来ない。こんなに、好きにさせといて、無責任だ!」
思わず叫んでいた。
「雅治、許してや。自分等の距離がどれだけになってるのか、知りたかったんや。騙してご
めん。」
は?
いつのまにか、後藤の腕の中に収まっていた。
「いつまで経っても雅治は好きやあんまり言わへんし、もしかしたら自分、空回りしとるんやな
いか思うたんや。だから、変なことゆうてごめんな、荷物、運び込んでええか?」
「つまり、輝基は僕を疑ったんだ?輝基としかえっち出来ない身体になったっていうのに疑っ
たんだ?AV見ても反応しない身体を疑ったんだ?許さない。」
後藤の顔がこわばる。
「お前は一生僕の奴隷だ!絶対に離さない。」
表情が、変わった。
「ええよ?雅治とずっとおられるんやったら奴隷でも下僕でも召し使いでもメイドでもええよ。」
メイドは辞退するけど。
「じゃあ手始めに…」
既に後藤はキッチンの前にいた。
「荷物なんてスーツくらいさかあらへん。あとはなんもいらん。雅治がおればええんや。」
そう言って笑った顔は本当に嬉しそうだったから、奴隷にするのは止めにした。