= 問題点 =
「晴秋…さん」
新婦は俯いて新郎の名を呼んだ。

「田中さん、逆タマだそうですね?」
就業後、なんとなく帰りたくなくて、いつもの居酒屋に足を運んだ。
「西原さん。就職決まったんだってね、おめでとう。」
「私…柴田さんが相手だと思ったから身を引いたんです。柴田さんの田中さんを想う気持ちは
誰にも負けていません。」
俺は慌てて彼女の腕を引き、隣に座らせた。
「あのね?俺も田中も男同士なんだよ?どうしたらそういう発想になるんだか…」
胸の奥で又警鐘が鳴る。
「女は、道具ですか?子孫を残すための道具ですか?あなたも彼も本能でセックスして子を宿
し、心は全く別の場所に置くなんて最低です。私は田中さんに愛されて抱かれたかった。私の
中で彼はヒロユキと呟いたんです。果てる瞬間、唇がヒロユキと形作ったんです。」
ヒロユキ…おいっ、それは誰のことだ?彼女とセックスしながら違う女…ヒロユキなんて名前、
男みたいだな。
「自覚、ないんですね?あなたが田中さんを愛してるから、彼もほだされたんだわ。」
俺は彼女の肩に手を置き、思い切り体を揺すった。
「俺を?あいつが?」
耳の奥でガンガン音がする。
あいつに、俺が、愛されているのか?
「彼は社長の娘に子を産ませたらお払い箱?」
西原さんは寂しい笑顔だった。
「柴田さんはそれでも…」
「良くない」
「あっ!武さん」
「あのね、勝手に他人をモデルにするのはどうかと思うよ?」
「すいませーん」
由弘が言っていたのはこの子たちのことか。仕事中、なにをコソコソ回しているのかと思ったら
柴田課長代理と田中さんの話。しかも殆ど創作。
「あの…こっちならいいですか?」
「ん?」


 尚敬は由弘の大きくて厚い背中に腕を回し、強く強く爪を立てた。
「もっと、もっと奥!あんっそこだよ、かき回して、めちゃくちゃにかき回して!」
 由弘の額から汗が滴り、尚敬の頬に落ちた。


「こんなこと、しない。」
 いや、したかも。
「えーっ!本当だったんですか?いやーんっ」
 いやーん、と言いながら喜んでいる。
「横山さんってテクニシャンなんですよね?いやぁん、いいなぁ。」
 そんなうっとりされても。
「やっぱり良い男同士、惹かれ合うんだわ。」
 ちょっと待って?この子達、創作じゃないのか?
「僕がいない間に、横山君が何か言ったかもしれないけど、嘘だから。全部彼の作り話、君達
と同じ。」
 二人は顔を見合わせると不敵な笑みを浮かべた。
「じゃあ私武さんの彼女に立候補しますぅ!」
「私は横山さんがええな。」
 ち、ちょっと待った。
「相変わらず不器用ですね。」
 横で聞いていた四位が呆れた顔で僕を見ていた。
「武さんと横山さんが出来てるかどうかが知りたければ、来週以降わかるよ。」
 彼女たちはその言葉に反応した。
「直ぐにわかります?」
 無言で頷いたとき、四位は僕にわからないように彼女たちにある物を見せていたのだった。


「いやぁ〜良かったよ、田中の奴、ずっと独りかと気を揉んでいたんだけどついに身を固めた
か。」
 物凄いスピード婚だった。社長の一人娘と田中が同じ高校でしかも片思いされていたなんて
あまりにも意外な展開で呆れてしまった。
「柴田さんの心配の種でしたからね。」
 武がニコニコと言う。
「そうだなぁ。」
 心配といえばそうだが、責任でもあったんだ。
「武のシニアは誰だったんだ?」
「安藤さんです。」
「安藤さんかぁ。だからしっかりしているんだな、武は。田中は可哀想だよな、俺で。」
 本当に不憫だ。
「田中さんには柴田さんでないといけなかったんです。きっと。」
「そっか。」
 そうだな。そう思えばいいんだな。
「きっと、お互いに幸せになれます。」
 なんだ?それは?
「柴田さんは今でもプライベートとか相談に乗ってくれるって田中さん言ってました。僕は全く無
いです。今僕がどこで何しているかも知らないと思いますよ。あの人にとって僕は出世の為の通
過点だったと思います。」
「そっか」
 人それぞれだなぁ。
「気づかないままでいられるなら、その方がいいです。」
 武が意味深なことを言って去った。
 自分が必要以上に田中に構うのは、多分自分のシニアが素っ気無い人だったから。
 仕事の悩みやプライベートな悩みを聞いてもらえたらいいなと思っていたから。
 田中にはいい迷惑だったかも知れない。
 遠く、離れて良かったのかもしれない。


 数ヵ月後、田中から父親になる――という報告を受けた。


 …ところで。
「本当だ、四位君のいう通りだ。」
「いややわ、やっぱり横山さんゆうてたのはホンマやったんやわ。なんや、折角チャンスやと思う
たのに。」
 功一が言った通り週明けの月曜日、武さんは左手の薬指にシンプルなリングを嵌めてきた。
そろそろ出来上がってくる頃だろう――という予想は見事に当たった。
 ボクは自分の左手で光る、マリッジリングをそっとみつめた。
『横山と武に先を越されるのは悔しいからな。』
 そう言ってボクの指に強引に嵌めていった功一は、他人には見せられないくらい破顔していた。