= バーゲン会場 =
「離婚だ!」
 勝美はそう言って、部屋を飛び出した。
 功一はすぐに戻ってくるだろうとタカをくくっていた。しかしその日、勝美は家に戻らなかった。


 前の晩は接待で土曜の朝大坂に帰ってきた功一の携帯電話にメールが届いた。風呂場にいた
功一は深く考えずにそれを勝美に読ませたのだ。
「えっと…『こうちゃんへ。今夜はご馳走さまでした。それからあっちも。』最後にハートマークだよ
。…あっちって、何?」
「さぁ?名前ないの?アドレスわかる?」
「名前はない、アドレスは、」
 読み上げられたアドレスに功一は心当たりがあった。
「嫌がらせだよ…前から何度か告白されてデートに連れ出された。夕べは接待先にいたんだよ、
何故か。指輪も見せたのにな。」
 眠い目を擦りながら必死で睡魔と戦っている。
「軽くご飯作ったから、食べたら寝るんだよ?僕は出掛けて来るから。」
「何処へ?」
「買い物」
「その前に大事なこと…」
「…起きたらね…」
 俯いた耳が真っ赤だ。


「ひゃっ」
 氷で口の中を十分冷やし、更に二〜三個詰め込んで勝美のを一緒に含んだ。熱くたぎったペニ
スがビクンと反応した。
「ん〜っ」
 抗議せず黙って耐えているときは気持ちいいということを功一は学んだ。でも氷はあっという間に
解け、直ぐに勝美のペニスは熱くなった。
「やっ…だぁっ」
 勝美は自分でも気付いている。由弘とのセックスにおぼれていたときより数段、子供っぽく功一に
甘えてねだって求めていることに。
「そんなに後ろでイキたいのか?」
 楽しげな声音になんだかそわそわする。
「あぁっ!」
 だらしなく脚を開き、貫かれ、喘いでいる。
「勝美っ」
「功一」
 ひしと抱き合い、互いに快感を導き出す。
と、そんなとき功一の携帯電話が鳴った。
 最中は夢中になっていて気付かなかった。でも終わった後、再びメールを勝美に読ませたのだ。
「『月曜は離さないから。四位君とは早く手を切ること。遊びも程々にね。』なんなんですか?これ
――」
 勝美の目が座って言葉遣いが変わった。それが合図だった。
「ボクはこの人を知らないのに、この人はボクを知っているんですね?。東京の人なのに。会いに、
行きます。近寄るなって言ってきます。」
「待て…」
「言い訳するんだ?本当なんだ?なんだ、ばかみたいだ。」
 そして冒頭――
「家出?」
「ああ。どうしたらいい?」
 川崎支社準備室へ異動が決まった横山と武は相変わらず仲がいい。引っ越し準備が忙しいのは
重々承知だが押しかけてみた。
「惚気?四位に愛されてますって?」
「冗談言っている暇はないんだ、何か知らないか?」
「冗談なんか言ってないよ。四位は功一のこと、考えているから怒るんだろう?ちゃんと秘密にして
おくべきことは隠しておかなきゃ、今回みたいな不要な喧嘩をすることになる。」
 由弘は必要なことも言わないけど…とは武が付け足した台詞。
 多分同期の藤田の所だろうと教えてくれた。
「朝までは確かにいましたけど、朝一に飛び出して行きました。」
 何処へ、いったんだ?
「電話、してみましょうか?」
 電話?
「携帯持ってましたから。」
 あ。
「ありがとう。とりあえず連絡頼む、なにかわかったら連絡くれるか?」
 俺は馬鹿だ。やみくもに探し回ってどうする。
 俺からの電話には出ないだろうけど、藤田ならあるいは。
「専務」
 藤田のマンションから数メートル出たところで本人に呼ばれた。
「社長に電話してください。」
 は?


「だから、本当に何もないから。そんな暇もない。」
 おい。なんで親父なんだ?
「気の強い子だな。まだ子供だが。」
 親父が苦笑する。
「おまえが自分を選んだのだから、なにがあってもそれを貫き通せ、だとよ。」
「わかってるよ。あいつは?」
 会いたい、会って話がしたい。
「携帯はメール機能のないものにしろだと。それから接待は厳禁。」
 あの、馬鹿。
「東京から離れた場所で新婚生活を送りたいんだと。」
 …
「てなわけで、二人は札幌支店行き、いいだろう?」
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「それでいいのか?」
「良いも何も既成事実があるうえに色仕…なんだな、可愛いじゃないか。」
 ブツリ。
 音をたてて何かが切れた。
「勝美!いい加減にしろ!俺は何があっても君を離しはしない。嫌われてもだ。黙っているのも今
のうちだぞ。二度と、誰にも会えないように部屋から一歩も出さずに一日中泣かしてやる!」
 親父が困惑して袖を引く。
「あいつは、別れた男だ。夕べは確かに会った。でも本当に接待先で会ったんだ。名刺交換をし
ないわけにはいかないだろう?…社長なんだから。最初は部長クラスが来ると言っていたのに、
あいつは何処かで嗅ぎつけたらしく、会場に来た。それだけだ。セックスはしていない。君の
ことも俺は話していない。」
 親父は俺がこうして怒鳴り続けても止めなかった。つまりドアの向こうにいるんだ。
 暫くの後、メールが届いた。
 『ごめん』とだけかかれていた。
「勝美っ」
「馬鹿だな。あの子にもプライドがあるんだ―似ているな。」
 ドキッ
「誰…に?いや、いい、解ってる。」
 いやな親父だ。
「今までのつけだ。辺り構わず手を出すからだ、うちの会社はバーゲン会場じゃないんだぞ。」
「当たり前だよ。そんなつもりはない。俺は粗悪品は否なんだ。」
「ブランド志向か?」
「いや。」
 ドアが開いた。
「最高級イージーオーダーだ。」