= コンビニ =
 又、怒られるかな?


「ただい…また?何回言ったら解るんだよ?もっとバランスを考えて…インスタントラーメンが悪いと
は言わない、けどサラダをつけるとか野菜ジュースを飲むとか、もっと健康に気を付けてくれないと。
尚敬の身体は俺のものでもあるんだよね?」
「解ってる。僕だって料理しようとは思うんだ。だけど…由弘いないなぁって思っただけで食欲なくな
るんだ。だからとりあえずカップ麺に湯をいれるけど殆ど手付かずで排水溝なんだ。」
 由弘の顔色が途端に渋くなる。
「あのなぁ。よし、明日から六時になったら飯食いに行こう。どうせ二人しかいない事業所だから解り
はしない。」
 尚敬は慌てて手を左右に振った。
「駄目だよ、益々由弘の仕事が終わらなくなる。」
 今度は喜色に変わる。
「やっと一段落したから、明日からは尚敬の出番だ。二人でやっていける。ごめんな、一人にして。」
 顏が緩んでかなりにやけているのが自分でも分かった、悔しいからトイレに行く振りをして由弘の前
から逃げる。
 しかし、腕を掴まれ抱き込まれた。
「これが済んだら、今度こそ辞表を書いて社長に渡す。このままじゃ福永の立場がないじゃないか。
俺は数字が弱いし、コンピューターも苦手だ。事務職は無理だ。いつも尚敬に頼ることになる。どうせ
頼るなら二人で始めたい。」
 いつか、二人で何か仕事を始めたいと話していたけど、突然の人事異動で途絶えていた。最近に
なって又新しい地で二人で暮らして、改めてその気持ちが強くなった。
「そのこと、ずっと考えていたんだけれど、やりたいことがあるんだ。」
「なに?」
「クリーニング屋」
 相当彼には難解らしい。
「尚敬がそんな資格を持っていたなんて知らなかったよ。」
「資格、いるのかな?」
「当たり前だよ。クリーニング師の資格が必要だ。調べていないの?」
「そうか…本当は二人で喫茶店なんていいなと思ったんだけどさ、調理師免許とか必要だから諦め
た。」
「それなら俺、持ってる。学生時代、ずっとバイトしてて受験資格が出来たから受けたら受かった。」
 意外だった。
「こっちの方が早い段階で実現しそうだな。」
 僕は黙って頷いた。
 二人で、静かに時の流れを感じることが出来たら、幸せだ。
「俺はさ、二人でやるならラーメン屋とか面白いな、とか思ったりしたんだけど…コンビニをやってみ
たい。初めはチェーン店に加盟して一店舗から。いつか独立して大規模に展開したい。」
「だったら弁当屋もいけると思うけどな。」
 二人で飽くことなく、夢を語り続けた。


「役員?」
「僕も、ですか?」
 翌日。昼過ぎに社長が直接支社準備室へやってきた。
「役員会で決定する前の打診だ。横山君と武君に取締役になって欲しい。」
「岡部さんは?安藤さんだって、他にも…」
「今年の役員会で決めたんだ。」
 僕たちの、夢は…
「少し、考えさせてください。」
「ああ、良い返事を待っている。」
 社長は断るはずがない、と言う自信に満ちた顔で微笑んだ。
「功一…さんは、私でも良いと言っているんですか?」
 途端に厳しい表情に変わる。
「あいつはいいんだ。」
「やっぱり。社長はそう言うと思っていました。」
 由弘があからさまにため息をつく。
「色惚けだからな。」
「それを言われたら私たちも一緒です、成果が出せる自信はありません。」
「武君、この支社を設立するのにはわけがあるんだ。子会社を作る。そこの社長に岡部君を呼ぶつ
もりだ。だから彼にはあちこちの営業所を転々と異動させている。
 君たちにもそこを手伝ってやって欲しいんだ。」
 由弘が真面目な顔で質問した。
「何を、はじめるのですか?」
「新しい、家庭用テレビゲーム機の作成を考えている。今までにない斬新な物を。そのためには君た
ちのような若い力が必要なんだ。」
 僕には、すぐに分かった。由弘の心が大分傾いていることに。
 そして…それ以上に僕の気持ちは惹き付けられていた。
「わかりました。でも少しだけ考えさせてください。」
 考えてもいなかった、ゲーム機の開発。大体うちの会社は電気屋でもゲーム関係でもないのに、
そんなことが可能だろうか?
「ラーメンもクリーニングも喫茶店も選外だな。コンビニもいらないかも。対抗は牧場新聞くらいだ
な。」
 夕べ話していたとき、業界新聞の発行が面白そうだという話になり、実家の牧場なら顔が利くな
どと話していた。
「実際に開発するのは技術者だからね、僕達は資金調達だろ?だったら新会社の事業として考え
られるのはコンビニチェーンだよ。独占販売とか先行販売とかが打てる。」
 駄目だな。二人で新規事業は又頓挫しそうだ。
「よし、カツとテルを呼ばなきゃ!」
 はぁ〜。
「尚敬」
 由弘が真顔で僕を見つめている。
「社長が俺たちの関係を認めた上で与えてくれた仕事だ、やってみないか?」
 僕は黙って頷く。
「でも。次はない。失敗したら新しい事業は無理だ。だから何が何でも成功させなきゃいけない。」
 由弘の腕が僕の身体を抱き寄せた。
「どれだけ本気か、見せてやるからな。」
 くすり、頭上で忍び笑いの気配がした。