= 靴 =
 いやだな。又比べられている。
 今僕が担当している仕事は、以前横山先輩が担当だった。
 相手の担当者がいつも話題に上げるのは横山先輩のことばかり。
 この春、横山先輩と武さんは取締役として役員になった。新規事業を立ち上げるために
本社へ行ってしまった。
 いつだって僕の憧れの存在は横山先輩だ。
 仕事にしても恋愛にしても。
 横山先輩に武さんという恋人がいて、遠恋になったときに四位と浮気しちゃって。だけど
ちゃんと解決してまた武さんと復活している。
 …四位が、横山さんに惹かれているのは気付いていた。あいつの視線は必ず先輩を追
っていた。遠恋の心の隙をついたんだと思う。
 僕が近くにいてあげられれば、絶対に四位を踏みとどまらせることが出来たのに。先輩
は優しすぎるからいけないんだ。
 だけどそんな四位にも今はちゃんと恋人…と言うか、すっかり新婚になってしまっている
けど…がいる。社長の息子、福永専務だ。らぶらぶ新婚生活中で、札幌の支社にぶっと
ばされた。たった二人で。
「…ということで、宜しくお願いいたします。」
 いけない、仕事中だった。
「はい、宜しくお願いいたします。」
「恋の、悩みですか?」
「は?」
「いや、なんとなくそんな気がしたので。私、結構恋愛に関してはいいアドバイスが出来ま
す。よかったら今夜どうですか?」
「あ、ありがとうございます。でも…相手は家で待っているものですから。」
 しまった、仕事先にプライベートを持ち込んでしまった。
「同棲中ですか?いや、残念だな。…いや、誤解しないで下さい。実はうちの受付の女の子
が後藤さんに夢中でして。私も後藤さんなら彼女に推薦できる…と思っていたのです。」
 僕なら?なんで?
「そんなにびっくりしなくてもいいじゃないですか。後藤さんは優秀です。頭の回転が速い。
あなたのような人材をお持ちの御社が羨ましい。前の担当だった横山さんも良かったけど
、私は後藤さんが個人的に好きですね。」
「あ、ありがとうございます。」
 僕は慌てて立ち上がり、頭を深く下げた。
「いえいえ。彼女に宜しくお伝え下さい、こんなに素敵な彼氏を手放すなってね。」
「そんな、滅相も無いです。」
 彼女…ねぇ…。


「僕が?雅治を?なんで放さなあかんのや?ゆうたやないか、ここにこうやって転がり込んだん
やから、絶対に雅治から離れへん。寄生虫のように住み着いてやるんやって。」
「駆虫剤、飲むかな。」
「?なんやねん、それ。」
 寄生虫を退治する薬…だけど、言わないほうがいいな。
「テルさあ、横山先輩の担当だったところで、何か言われないか?」
「何かって?」
「前の担当の方が良かったとか…」
「ないな。」
「そっか。」
 何処へ行っても必ず横山先輩の名前が出てくるのは僕だけなのかな?
「雅治が意識しすぎるんやないか?…僕は相変わらず彼に嫉妬せなあかんのか?」
 テルは時々分からないことを言う。
「何で嫉妬する?僕はテルだから好きなのに。」
 途端にテルは真っ赤に熟したトマトのようになる。
「あほ、からかうなっ」
 からかってなんか、いないのに。
「横山先輩とキスしたいなんて思わないしな。」
 したことあるけど。
 テルは相変わらず、真っ赤な顔をしているけどキスしてきた。自分だけの特権だと自慢し
ながら。

 翌日
 今度は別の担当から連絡が入り、慌てて駆け付けてみると僕に結婚話が上がっている
が真実かどうか確かめたいというのだ。
「あ、プライベートなのでその件に関してはお答え致し兼ねるのですが。」
 それでも何とか教えて欲しいと食い下がるので予定はないが恋人がいることは伝えた。
「本当なんですね、恋人がいらっしゃるのは。いやあ、社長の妹さんの娘さんが勝浦さんに
一目惚れしたらしいんですよ。それで聞いて欲しいと頼まれましてん。」
 なんだろう?昨日から突然にこのモテよう、一体なんなんだ?


「あーあ、又一足駄目になった。」
 まだ一ヶ月なのにもう靴が傷んで使えない。
「営業の宿命だよな。」
 事務所で靴に話し掛けている僕に誰も関心を示さない。
「勝浦さん知ってる?うちの会社、新しい事業を始めるらしいわよ。しかもゲーム業界に参入
らしいのよ。」
 いかにも何でも知っているかのように話すのは事務のバイト。
「社長、わかるのかな?」
 あまり興味がないけど一応ふってみた。
「岡部部長が社長で抜擢されるらしい。」
 テルが更に突っ込んだ情報を耳に入れてきた。
「取引先がそわそわしてるんのはそれやな、多分。」
 なんだ、そういうことか。
「僕には関係ないからなあ。相変わらず営業回り。新規開発もしないとなあ。今月まだ三社
だもんな。」
「かっちゃんの大好きな横山先輩が役員になるらしいんや。」
 大好きの部分に刺が有ったように思う。
「子会社出向、かもしれへんな。そうなると呼ばれるんちゃうか?かっちゃんは先輩のお気
に入りだからな。」
 さっきからいちいち言葉が刺さっているんだけどな。
「靴の一足や二足にこだわって新規取れへんかったら、無理やろな?」
 何?
「成績悪いと栄転は無理や。」
 駄目押し。
「先輩に可愛がってもろたらええねん。」
 おい。何を怒っている?
「僕には関係ないんやから。」
 あ。
「あほ」
 言い残し事務所を出た。
 とりあえず駅前の靴屋へ行こう。暫くしたらテルがくるはず。
 今夜は何を食べようか。勝手に拗ねている男の好物か、靴屋で財布の中身と相談してい
る男の好物か…。
 背後から足音がする。又明日も頑張るぞ。