= 新馬戦 =
「先輩、所長はいつもしかめっ面してますけどなにか気に入らないんですか?それと横山 取締役と
武取締役がホモって本当ですか?それから田中先輩は逆玉なんですか?」
 次から次へと仕事に関係ないことは良く質問してくるな。
「柴田所長はああいう顔、横山と武は同期だけど真相は知らない、僕は…他人から見たらそう言うこ
となんだろうけど、高校の後輩なんだ、奥さん。社長の娘なのは知らなかったよ。」
 人のことはとりあえず棚上げ。自分のことだけにした。
「義兄が年下なのは複雑だな。」

「あ、そうでした。専務がいたんでしたよね。でも専務もホモだから跡継ぎにはできないって聞いたん
ですけど、本当ですか?」
 なんか腹が立ってきた。
「知らないよ、そんなこと。大体うちの会社は世襲制なのかも知らないよ。」
 世襲制だったら正海の旦那は役員か役員候補だ。横山とか武がふさわしい相手だろう…待てよ?
確か結婚前、そんなようなこと、聞いたな。するとなにか?やっぱりいずれは洋に継がせる気なの
か?
「ホモって気持ち悪くないですか?身内や知人に居て移らないですか?エイズとか。」
 あー、日本語もおかしいんだ、こいつら。
「仕事のことは気にならないのか?」
「はい。だって僕は田中次長にシニアになって頂いたのですから将来は安泰です。」
 どこからくる根拠なんだ?

「僕には何の力も無いよ。」
 そう、僕はなにも出来ない。
「でも。去年の新規開発、凄かったです。世界レベルですからね。」
 何のことだ?
「Y電気との繋がりが今回の新規事業に展開されたじゃないですか!」
 あー、それね。
「大学の後輩がいたんだよね、営業に。それだけ。」
 僕は新規事業は関係無いからさ。
「すごい人脈をもってるんだ。」
「武士沢、お前外に出す前に基礎からやり直しだ。」
 言葉遣いがおかしい。
「はいっ!」
 何故かやたらと張り切っていた。

「同期の中でシニアが次長なんて僕だけなんです。横山取締役は主任だった岡部支社長ですよね。
期待されているのかなぁなんて。次長は所長がシニアですよね?」
 そんな情報、どこで仕入れるんだ?
「皆忙しいからだよ。」
 そう。他の所員に一年間も新人を任せるなんて無理だ。
「武士沢が言うところの海外戦略の糸口に挨拶に行くから、川崎支社に寄る」
 まだ、二人に会う勇気はないけど。
「川崎って…岡部支社長と横山取締役と武取締役がいるところですよね?」
 そこは『いらっしゃる』だろうが…イライラするな。
「後藤と勝浦が今日から川崎に来ているはずなんだ。だから挨拶ついでに顔出ししようかと思ってさ
。」
 再び、武士沢は露骨に嫌な顔をした。
「その二人も確か噂になっていました。」
「あのさ、お前らの同期って噂話ばっかりしているんだな。社内恋愛が禁止されているわけじゃない、
誰が誰を好きでどんな付き合いをしていたって関係ないだろう?武士沢は好きな人がいるのか?」
 まだ仕事もできない半人前のくせに。
「社内結婚が出世の手段なら、誰とでも結婚します。彼女の一人や二人、振ったって構いませんか
らね。」
 …そんなセリフ、一度言ってみたかったよ。
「そんなに出世したいのか?だったら簡単だよ。ここで一生懸命仕事のやり方を盗むんだな。そしてさ
っさと独立するのが手っ取り早い。だけどそんなに簡単にノウハウなんかは盗めない。」
 武士沢は少し小馬鹿にしたように口元に笑みを浮かべていった。
「当たり前です。だから手始めに次長から、なんです。早く川崎に行って僕のこと紹介してください。」
 こいつは、僕の苦手なタイプだと、やっと気付いた。