= 戦線離脱 =
「ナカ、あいつは要注意だな。」
 帰り際、一応忠告はしたがその後の対処はあの人次第だ。大体年上のくせに世話を焼かせるんだよ、いつ
もいつも。ま、それがあの人の長所でもあるんだけど。
「あの子、由弘のタイプだよね。」
 なに?
「気の強い美人。四位もそうだった。」
 尚敬が物凄い迫力で微笑んだ。
「気が強くて美人だったら最強な人を手に入れて毎晩泣かせてる。」
 今度は目元を真っ赤にして怒る。
「仕事しろ!」
 自分が言い出したくせにむくれて背を向けた。
「横山君、勝浦君。ちょっといいかな?」
 高人に呼ばれ、残念ながらタイムリミットだ。
「由弘。父さんと母さん、会いたいって。」
 耳もとに囁かれた。
 やっと、きたか。
 本当に、泣かせることになるかもしれない。
 俺は尚敬を愛している。大丈夫、たとえ反対され引き離されても、後悔はしない。


「まだ?嘘…」
「なんだよ、カツはテルの家にちゃんと話したのか?」
 すると当然の顔で答えた。
「同棲すると決めたときに、挨拶に行きました。同居じゃなく同棲だと、身体の関係もあると、伝えました。」
 伏し目がちに目元をピンクに染めた。
「僕たちは、テルがゲイなのをご両親が何かのきっかけで知ったそうなのでそんなに重大な問題にはなりませ
んでした。」
 それでも少し寂しげな笑顔が気になった。
 尚敬の両親に会う。自分の両親に会わせるより緊張する。
 俺の家は兄貴がいるから俺が何をしようと寛容だ。でも尚敬には平均的な考えの親がいる。いや、うちの親
も考え方は世間一般と同じだ。福永社長のように諦めて逆にけしかけられても困るんだけどね。
 会って、何て言おう。


「あ、はい。こちらこそ、いたらないばかりで、その、宜しくお願いします。」
 くそっ、言っていることがめちゃくちゃだ。
 隣で尚敬はずっと俯いて肩を震わせている。
 心の準備をしている最中、帰宅したら待っていたのは尚敬の両親だった。
「突然押しかけてすみません。やはり早いうちにお話をした方がいいと思いましたので無理を承知で伺いまし
た。」
 父親の言っていることが、まだ話が見えないから黙って聞いているしかなかった。
「二人の関係は聞きました。尚敬と何度も話し合いました。しかし意思は固いようなのでもう反対はしません。
継がなければならない財産もありません。ただ私たちの死に水をとってさえ頂ければけっこうです。」
「待って下さい。私と尚敬君は恋仲だと、ご存じだと?それでも嫌悪せずに会って下さると?」
 尚敬の両親は頷いた。
「最初は恨みました、憎みました。でも尚敬も貴方を選んだのですからそれはお門違いだと悟りました。」
 穏やかな表情で母親が言う。
「…父さん、母さん。親不孝でごめん。」
 尚敬の沈んだ表情を見て、決心した。
「あの。私達と同居は…しないですよね。自分達の宝が汚されているのに。」
「私たちの大切な宝を磨いて大切に扱ってくれるのは貴方だ。」
 お父さんが微笑んだ。「もう少ししたら結果がわかる。そうしたらでいいかな?返事は。」
 俺ははい頷いた。頷くしかなかったのだ。
「若気の至りと言うほど若くはない、それでも貫く。そう言い切った尚敬を見て本気なんだと観念しました。」
 外で一緒に食事でもと誘ったが断られた。


「由弘。君も観念してくれ。誰にも傾かないよう、努力する。―自分でもどうしようもないくらい、好きなんだ。」
 耳を疑った。自分の耳は遂にイカレたのかと。
「ずっと、そばにいたい。」
 抱き寄せ、口づけた。
「今日から尚敬以外、決してよそ見はしない、誓うよ。」
 尚敬が俺の元を去らないのなら、代わりはいらない。
「四位君と同じだ。僕は由弘にほだされた。」
 だから両親がきたんだ。
「千葉へ牛に会いに、行く?」
 腕の中の君が頭を縦に揺らした。
 これで、本当に放浪しなくていいんだと、願いが現実へと変わった。