= 末脚2 =
「俺の可愛い義弟を苛めてくれたらしいな。」
 その日は仏滅だった。いきなり福永専務がやってきたのだ。
「正海をやっと嫁にもらってくれた心優しい青年を悩ませないでやってくれ。」
「でも、正海さんは愛されて…」
 ない。と続けるつもりが遮られた。
「女はな、愛されるより愛することに意味をもっている。たまに愛していると囁いてやればいいんだよ。」
 だったら専務がやればいい。
「俺は愛をとったから駄目だからな。」
 なんかむかつく。
 田中次長には翌日ちゃんと謝った。自分の気持ちにけりをつけたかっただけだという言い訳を信じてく
れた。
 でも、伝えてホッとしたのは事実だ。
「武士沢のねーちゃんはいくつだ?」
 姉?
「28です」
「男はいるのかな?」
「いません。」
「牛、好きかな?」
 は?
 専務は横山取締役のお兄さんの結婚相手を探していた。

「牛…ですか。馬ならいけるんですがね、馬術部にいたから。」
「じゃあ、勝浦と同じか。」
 そう言い残して柴田所長の席へ移動して行った。
「柴田さん、可愛くて働き者の牛好きな女の子いませんか?」
 思うんだが。今福永専務は北海道にいるんだからそっちで探した方が早くないか?それを見越して横山
取締役は頼んだのではないだろうか?
「俺に聞かないで四位に聞くんです!あいつ絶対まだ未練があるんだ。」
 専務は愚痴っている割りにはちゃんと探している。
「福永専務のそういう性格を横山君は全てお見通しなんだと思うんだけどな。」
 そーだそーだ!
「ブシ、お前は女がいいのか?」
 おい、専務。いきなりあだ名かいっ。でも抵抗しないのが得策。
「当然です。」
「あんな、のが?」
 あんな、は正海さんを指しているのだろうか?
「女性を愛せなかったら、私には存在意義がありません」
「ふーん」
 やけに冷めた返事が返ってきた。
「つまんない奴。入社式の時、一番骨のありそうな奴だと思ったんだけどな。」
え?あの時会話なんかしていないのに。
「専務、武士沢君をからかわないでもらえます?真面目だから素直に受け止めますよ。」
 出社時間ギリギリに駆け込んできた田中次長が味方についてきた。
「こいつが?田中さんの足引っ張ろうとしているのに?」
「引っ張れません、短いから。」
 そう言って笑った顔が何故かいつまでも心に引っかかっていた。
「嫌な、予感」
 呟いたのは、柴田所長

「田中さん、明日から暫く川崎行きませんか?四位が行かされてるんです、私に断りもなく。」
 福永専務が縋るように頼んでいる。
「無理です、今仕事手一杯ですから。」
 そう言ったのは田中次長。
「こいつは私が預かります。」
 僕を指差し、爽やかに微笑んだ。
「横山って男を翻弄するらしい。一度ヤッておけば良かったかな。でもな、やだな。あいつに組敷かれて善
がる…」
 柴田所長が立ち上がった。
「風紀を乱すならつまみだします。」
「す、すみません!」


 翌日。
 人の良い田中次長は様子を見に、わざわざ遠回りをして川崎支社へ寄った。
 福永専務が心配していたような事はなかったらしい。
 だって武取締役がしっかり手綱を握りしめている。
「四位、福永に可愛がってもらってるか?」
 横山取締役は誰にでも肩を組んで話しかける。
「ええ。あなたのように、身体だけの関係ではありませんからね。」
 シレッとした顔で言う。
「ところで田中さん、まだ遠回りしているんですか?私がちゃんと忠告したのに。誰が弟になってくれと 言い
ましたか?一度しかないんです、人生を楽しみなさい。」
 なんだ?この生意気な人間は?
「四位君、皆、幸せになりたいんだよ?」
 そーだそーだ!流石武取締役!!
「君だってそうだろう?」
 僕だってそうだ!
「武さんは相変わらず甘いですね?だったら諦めなければ良かった。私は幸せを逃した人間です、自分で
誰かを幸せにしてあげたかった。」
 田中次長は岡部支社長と話していたが
「福永君は君に幸せにしてもらっているよ。あんなに優しい顔をしているじゃないか。」
と、不意に話に加わった。
「昔、大学の時に一度だけ会った彼はもっときつい子だった。狩人のような目つきだった。」
 その時、四位さんの表情が変わった。
「愛してるんだろ?」
 こくり。素直に頷いた。
「僕は正海を愛している。それでいいんだ。」
「彼女は、由弘さんにも、武さんにも、あなたに言ったことと同じことを言ったんですよ?それでも、やっぱり
柴田さんに気持ちは打ち明けないんですか?」
「打ち明けるもなにも…」
「嫌です。僕が…」
 まて、おいっ、自分!何を言う!
「次長は僕が、幸せにします!」
「あほ」
 今まで傍観者だと認識していた後藤さんがコツン、と僕の頭をこずいた。
「ややこしいして、どないすんねん。四位は専務、横山さんは武さん、田中さんは正海さん、それでええねん
。片思い中のあんたの気持ちは、こっそり伝えたったらいいやん。」
 確かに。何を焦った…って
「違、います、僕はただ、正海さんに幸せになってもらいたくて、だから…」
 ドキドキする。
「何でもええよ。兎に角仕事せーへん?うるそーて、たまらへんわ。」
 はい。
 と、突然横山取締役が笑い出した。
「こいつ、福永君の罠にはまってる。」
 なに?罠って?
「それは次回な。カッチャン帰ったよ。」
 えーっ、気になるぅ。