= 末脚3 =
「武士沢、お前仕事を覚える気がないならまだ試用期間だ、何時でも切るぞ。」
 柴田所長にこっぴどく叱られた。
「田中の足引っ張ってどうする?専務の推薦だからもう少し骨のある奴だと思ってた。」
 僕はうなだれるしかなかった。
「謝罪の言葉も言えないのか?全く、どこから教育するんだ、今年の新人は?」
「申し訳ありませんでした」
 身体を90度に曲げて謝罪する。
 僕らの年代は謝ることは苦ではない。ただ負けたくないのだ。
「田中には内緒だぞ。正海さん、酒癖が悪いんだ。酔うと端から口説く。だから会社辞めて家に入ったん
だ。」
 所長はため息をつくようにそう言った。
「でもなぁ、まさかあの正海さんが田中にずっと片思いしていたなんてなぁ。」
 そんなに、おかしいかな?
「彼女いない歴が30年位だったんじゃないかな?」
「次長、ですか?」
「柴田さん、又余計なことを吹き込んでるんですか?いい加減にしてくださいよ。」
 突如、わいてきた田中次長は、いつものように所長と漫才を始めた。
 この二人は仲がいい、絶対にシニアジュニアの仲じゃない。
 高校が男子校だった所為もあって、同性愛者には敏感だ。
 この二人、怪しい。間違い無い。
 怪しい怪しいと言っているだけじゃ結論が出ないので、調査を開始することにした。
 朝、普通に挨拶している。
 夜の飲み会、別に特別慣れ合っているわけでも、離れているわけでもない。
 一週間追跡したが、分からなかった。


「おい、ブシ。いい加減仕事しろ。あの二人はなるようにしかならない。互いに他人の目を気にするタイプだ
からな。」
 翌週、又現れた福永専務に声を掛けられた。
「おいっ。お前今、俺と横山を比較しただろう?困るんだよな、そう言うの、うちの四位がふらつく。」
「専務、私は一言も発していないのですが、どうしていつも、四位さんのことを気に掛けているのですか?」
 素朴な、疑問。
「どうしてって…あいつ、すぐふらふらと、」
「浮気性ですか?」
「何言ってんだよ、横山じゃあるまいし。」
 ふーん。四位さんは横山取締役が好きだった、もしくは関係があったってことか。
「田中次長に正海さんと離婚して欲しいのです。僕は…」
 ズキ
 心が痛んだ。
「次長を…」
 何?またわけの分からない言動だ。
「幸せにしたい。」
 あ?
「柴田さんと一緒になるのが?違うだろ?あの二人には仕事という共通の話題がないと駄目なの。家族を持
って共通の会話をして、初めて関係が成立する。恋愛を越えた、師弟愛なのかな?お前が田中さんに抱い
た感情も、それ。恋じゃないぞ。」
 師弟愛。そっか。良かった。
「専務。僕はオカマ掘られるの、イヤです。」
「おまえは女のケツ、追っかけている方がむいてるかもな。正海は諦めろ。あいつを乗りこなせるのは田中さ
んしかいない。あの人あんな風にのんびりしているし鈍感だけどさ、信用が他の誰よりもある。いつか必ず、
それが実を結ぶはずだ。」
 口が悪いけど専務は田中次長を尊敬している、そんな眼差しだ。
「悪かったな、なんかけしかけるようなことしたんじゃないかって…横山に言われた。サイテーだし、男癖悪い
し、事務処理は全く駄目だけど、横山は人気があるんだ。営業において、今あいつの右に出る奴はいない。」
 専務?
「お前はさ、二人のいいとこをぬすんどきな。いつか天下を取れるから。」
 言うと右手を上げ、去って行った。
 専務の最大のライバルは取締役なんだ。
「あっ、次長、おはようございます。」
 とりあえず…正海さんは諦めることにした。