= ムチをいれろ =
 初めて配属先に着任した日だった。
「よろしくおねがいします。」
 僕のシニアは無口な人で初日も必要事項以外は声を発しなかった。
 翌日、得意先訪問日なので同行すると嘘のように饒舌だった。
「同僚に情報をながしても裏を掛かれるだけだ。信じるのは自分の目と耳だけにしろ。」
 その言葉を聞いたのは同行一ヶ月してからだった。
「安藤、武の教育レポート出してくれ。人事に回す。」
 所長の指示にも平気で
「書いてません。どうしてもマニュアル通りでなければいけないのでしたら、誰かと代わってくだ
さい。」
と、平気な顔で言う。
 僕は安藤さんオリジナルレシピで調理されたらしい。
 営業成績はいつもトップだったのに、出世に縁がなかった。


「よう!」
「安藤さん!お元気そうですね」
「まあな。お前は又えらく出世したな。…横山がついてるからって本当か?」
「横山が何か?」
 少し困った顔で笑う。
「横山が社長の外に作った子供…」
「安藤さんがそんな噂を信じているんですか?由弘のお父さんは立派な方です。お祖父さんも良
い方です。」
「語るに落ちる…ホモは本当か。やられたな。」
 あ
 はめられた。
「ならあの時犯っておけば良かった」
 ちょっと。待て。
「冗談、ですよね?」
「本気だぞ…って言うか本気だったが正解か。だから俺の好きに仕上げたのに、すっかり変わっ
ている。」
 まさか。なんでうちの会社はこんなんばっかり?
「でも安藤さん結婚されてお子さんもいらっしゃるじゃないですか。」
 頭を掻きながら言われると困る。
「どっちも、平気だ。可愛ければどっちもOKだ。」
 鳥肌が立った。
「露骨に顔にでるとこは変わってないな。」
 そんな!
「横山、好きか?幸せにしてもらってるか?」
 僕は何も言わないまま上目使いで見た。
「無粋なこと聞くなってことか。はいはい。」


 本社へ栄転となったシニアに偶然再会して、かなりショッキングな告白をされた。
 この間、福永くんから聞かされた「社長の好みで採用すると大抵がゲイだ」という話以上にショ
ッキングだ。
 あまりにも驚いてしまってしばらく廊下の真ん中でつったっていた。
「武さん?」
 そう言って四位くんに肩を叩かれるまで気付かなかった。
「安藤さん、遂にコクってきましたね。」
「聞いてた?」
「図星みたいですね」
 …なんで僕は何度も同じ手に引っかかる?
「安藤さんが武さんに興味を持っているって話は専務から聞きました。」
「福永くんが?僕には教えてくれなかったのに。」
 それには答えず
「…前に、退職された部長にも悪戯されたことがあるとか。そんな無防備で鈍感な所が、彼を惹き
付けるのかもしれないですね。」
 四位くんは、由弘に好意を持っている。今は福永くんと一緒にいるけど、この間はっきりと
「今も好意は継続している。」
と言われた。
「但し、父のような、存在です。」
 憧れて目標として。嫌いで別れたのではない、契約期間が終わったようなものだから―そう言っ
て彼は僕の腕の中で泣いた。
「永遠の片思い」なんだそうだ。それでいいと、言う。
「私には伴侶がいますから。」
 福永くんは愛を与えてくれて安らぎをくれる人。由弘とは違う愛情で繋がれている。
「僕は、この生を全うするまで由弘の隣にいたい。」
 彼の耳元で告げた。
「僕がもしも先に死んでそれでも由弘のことを好きでいて、彼も受け入れたら、許してあげる。それ
までは駄目だな。そんなこと気が狂いそうで、考えられないよ。」
 由弘は、どんな顔でこの子を抱いたのだろう?
「武さん。安藤さんでなくてもそれじゃ勘違いします。そんなにぼーっと誰かを見詰めちゃいけま
せん。全く…横山先輩が心配するのも仕方ないですね。」
 大きく、ため息をつかれてしまった。
「もしも先輩以外の人と浮気したら…僕が先輩を譲り受けに行きます。武さんが狂ったって関係な
んですから。功一を捨てて、二人で海外にでも逃亡します。覚悟していてくださいね。」
 四位くんは笑いながらそう言って軽く会釈をするとエレベーターホールに向かって歩き始めた。。
「そうしたら…福永くんと浮気するから。」
 振り返ると彼は
「それは…予想外でした。ちょっと困りますね。」
 真剣に困っているようだ。