= 本当の・・・ =(連載時からちと改訂)
 本気なわけないだろ?でもあいつなら信じるんだろう。
 武が入社して配属されてきた日、社長の好きそうな顔だと思った。
 毎年何名か社長好みの美少年あがりみたいな奴が採用になる。社長はホモなのかと思ったがそういう
わけではないらしい。単に美少年、美青年が好きなのだそうだ。
 だがその年は社長の息子が入社した関係で更にその息子の好みも反映されたという、実しやかな噂が
流れた。
 横山がその相手ということだった。武とは違う、男の匂いがするヤツだった。男娼ばかり集めてどうする
んだと、まじめに思った。うちの会社はホストクラブにでもなるのかと、心配したものだ。
 武は飲み込みが早く素直でまじめだった。横山には俺の同期の岡部がシニアでついた。あいつは出世
頭だったから、そいつの下に付く奴も期待されているのだろう。
 しかし岡部が横山に溺れた…そんな噂を耳にした。だから自分はセーブできた。
 弟より、学生時代の後輩より年下の男って言うのは、同性よりは異性に近い存在だ、そう感じた。
 だから一歩間違えば俺も武に溺れたかもしれない。
 その時、ほんの少しだけ社長の嗜好が理解できた。
 でも武が異動になった時点で勘違いを悟る。それは女性と恋に落ちたからだ。


 二人とも、東京に戻るのも早かった。
 初めてシニアをやって少しだけ考えが変わった。
 仕事仲間は案外大事なのかもしれない。


 あいつらは、きっと女性を知らないんだ。いつまでも学生気分なんだろう。
 新会社は大丈夫なのだろうか?


「田中次長、その考えは間違っています。」
 廊下の真ん中で大声を出している人物と視線が合ってしまった。
「あっ、安藤マネージャー」
 会いたくない人物に遭遇した。わけあって一時期兄の家から暫く会社に通っていた頃、甥の友人として何
度か家で会ったことのある少年、それがこいつ武士沢だった。
「おい、待て…」
「安藤マネージャーならきっと分かって下さると信じて話します!結婚して子供が出来たら、尊敬する人と
遊んだらいけないんでしょうか?」
 こいつはまたとんちんかんな質問だ。
「遊びをどの程度まで指すかは分からないが、そんなに自分を縛りつけたら疲れないか?」
 田中、と呼ばれた男が社長の娘と大学の先輩後輩だったのが縁で結婚したのは知っている。
「そうですよね?僕だって結婚しても安藤マネージャーや田中次長とサシで飲みに行ったり二人で旅行へ
行きたいと思います。」
 いや、旅行は遠慮したい。
「次長。所長と距離を置き過ぎです。」
 なんだ?こいつ。
「上司と部下なら二人で旅行したら問題じゃないか?」
 俺が武と出張先でツインに泊まったら騒がれたことがある。
 武はただ笑っていたが内心困っていたのかも知れない。しかし本当に部屋が取れずただ眠るためだけだ
った。当たり前か。
「申し訳ありません。武士沢が大変失礼をしました。」
 一歩前に出て武士沢を後ろに下げ、俺に頭を下げたのは田中(と先ほど呼ばれたヤツ)だ。
「私は、シニアを尊敬しており、彼は私を信頼してくれています。武も、安藤マネージャーのお話をする際は
いつも素晴らしい方だと言っておりました。」
 婿なのに低姿勢だな、いずれ経営陣に名を連ねるのだろうに。
「いつか是非、ご一緒させて頂ければ光栄です。」
 再び頭を下げ、武士沢を引っ張って連れ去った。
 尊敬、信頼、か。


「安藤さんは研修ですか?」
「いや、社長に呼び出された。」
「するといよいよですかね?」
 朝いちで本社営業部に出頭指示があり、慌てて広島から飛んできたのに、肝心の福永社長が遅刻だ。
 約30分遅れでやって来た社長は俺を社長室に手招きした。
「営業本部長、やらないか?」
 ビンゴ。
「来期、役員の入れ換えがある。その時こっちに来られるか?」
 現在の役員が内々に辞任願いを申し出たらしい。
「私がですか?」
「大丈夫。君なら任せられる。」
 とりあえず、考えてみる。
「明日までに返事は宜しく。」
 そういうと社長はすぐに玄関へ急いで、社を後にした。
 なんなんだ?こっちは俺を引き摺りこむのか?いいのか?何を考えているんだ?