= テン乗り =
 池袋営業所には事務の女性が二人いる。なぜ大阪営業所はいつかなかったんだろう?
 ま、そんなことはどうでもいい。二人とも良く気が付くいい子だ。…なんて言い方をすると親
父臭いと言って又田中が嫌な顔をするかな?でも本当に良い子たちだ。

「所長、折入ってお願いが有るのですが。」
 ん?
「松永さんを紹介してください。」
 は?
「紹介って…外回りが終わったら帰ってくるから自分で言えば?」
 おかしなことを言う子だ。
「いえ、そうではなくて個人的に…」
 あ、引き合わせろということか。
 一応建て前としてうちの会社は社内恋愛禁止。しかし上司が部下のことを考えて、セッティン
グすればOKでいう暗黙の了解のような物が出来上がっているらしく、それぞれ気に入った人間
がいると自分で上司にアプローチしてくる。
「わかった。聞いておく。」
「ありがとうございます。」
 松永光麻(みつお)は今年30歳だから…福永、横山、武と同期か?
 嫌な…予感。


「はぁ…」
 案の定気のない返事。
「彼女はかなり乗り気なんだけど、どうだ?」
「すみません、最近付き合い始めたばかりの人がいるので、今回のお話は出来ればなかったこ
とにして頂きたいのですが…」
 なるほど。それは仕方ない。
「残念だが、伝えておくよ。」
 松永の後ろ姿を見たとき、ゾクゾクっと悪寒が走った。


「事務の女の子?光麻、女の子に興味あるの?」
「全然。福永がうちの親父はゲイには理解があるって大学時代から言ってたからさ、入れても
らったんだよ。」
 隼(じゅん)とはハッテン場で知り合った。セフレ…というヤツだ。
「ねぇ、もう一回しようよ。」
 僕の小さく萎んだ物を掌でもてあそびながら催促をする。性欲が異常に強い。
「隼は一回じゃ満足しないもんなぁ。」
 互いに口に含んでクチュクチュとイヤラシイ音を立てる。
「んふっん…」
 気持ち良さ気な声が聞こえる。
 僕はゲイだ、でもアナルセックスはしない。何回かしたことはあるのだがなんだか馴染めない。
 恋が長続きしないことにも原因があるような気がする。


「主任、いい加減機嫌を直してください。」
 又、武士沢が田中を怒らせている。一年間あの二人を一緒にさせておくのは難しいかもしれな
い。…いや、自分がヘンに田中に固執するのを払拭するためにも、ここは田中の忍耐に期待しよ
う。いやいや、忍耐ではなく、指導力だ…。
「所長。」
「あ?ああ、ごめん、続けてくれ。」
 二人のやり取りに気を取られていて、昨日の営業報告をしていた松永をすっかり無視してしまっ
ていた。
「田中主任、ガツンと言ってやったらいいんですよね。」
 ふぅ…とため息をついた。
「後半年、お前が引き受けてくれるか?あいつはやっぱり無理みたいだ。」
「優しすぎるんです。だから武士沢がつけあがるんだ。」
 何故かイライラした口調だった。
 又、昨日の悪寒が背中を走った。


「子供じみた真似、いい加減やめたらどうだ?」
 トイレで一緒になった際、ついそんなことを口走っていた。
「恋敵なんです、主任が。」
 その台詞に勘違いをした僕が馬鹿だった。
「忘れさせてやろうか?」
 僕は武士沢を仕事帰りに自宅へ連れ込み…こともあろうか…関係を持った。しっかり、合体し
てしまった。
「酷い!松永さん、僕のこと犯すなんて!しかも愛してくれたわけじゃない。」
 更に僕はどつぼにはまる台詞を吐いた。
「いや…好きだよ。」
 生意気な新人の尻を拭いてやりながらとほほな台詞だ。


「松永、どういうことだ?」
「はあ…」
 所長に問い詰められ、身を竦めるしかなかった。女性の事務員を断っておきながら男性社員と
出来てしまった。…正確にはヤッてしまった。
 しかし…あれ以来、隼とは会っていない。替りにヤツが…先に帰って僕の帰りを待っている。
 

テン乗り…騎手が初めてその馬に騎乗することを言う