= パドック =
 不景気が続いているせいでどこの企業でも新規採用は最低限でとどめている。
 しかし福永社長いわく、「若い力が育たなければ中堅が伸びない」のだそうだ。
 今どき珍しく新人研修もしっかりやる。
「まるでパドックだな、どの馬が一番走るか…」
「お前の場合はどの馬が一番良い声で鳴くか…じゃないのか?」
 福永社長のバカ息子が余計なことを言う。お蔭で只今若干機嫌の悪い尚敬が僕を睨んで
いる。
「今はイレ込んでいる牡馬がいる。確かにいい声だがな。」
 尚敬の視線が泳ぐ。
 しかしなんで新卒採用試験の面接会場に僕ら三人が並んでいるんだよ。
「何が気に入らない?簡単だ、横山のタイプじゃない男を選べ。女は武をみて色めかない奴を
選べ。」
 当て馬かよ。
「失礼します。」
 そうこう言っているうちに一番が入ってきた。
「石橋次春です」
 尚敬に負けない美人だった。
「早速該当者が現れたな。」
 福永がポツリと呟く。
「あの、武尚敬取締役ですよね?前に雑誌で拝見しました。憧れてます。」
「いやいや、僕になんか憧れてもろくなことがないよ」
 そう答えながらも満更嫌ではないようで、少し笑みがこぼれている。
「お若いのに実力で今の地位を得られたのは、」
 ちら、と福永を見た。
「努力もされたのですよね?」
 こいつ…。
「色仕掛けかって聞いてるぞ。」
「そうだな、私にもそう聞こえた、相手は私だな?」
 石橋くんは慌てて否定した。
「ち、違います。僕は…こんなお若い方ばかりが経営陣で、その…出世に乗り遅れた場合が気
になるんです。」
 福永が不敵に笑う。
「乗り遅れたら乗り遅れたでいいじゃないか。それが君の能力であり限界なんだから。それに気
付いたら別の手を打てばいい。おい、お前らはどうだ?」
 ふむ、確かに。
「僕はタイプじゃないぞ。」
 石橋君の肩が跳ねた。
「分かった。じゃあ隣の部屋で社長と面接だから。」
 …ん?
「ここは、面接じゃないのか?」
「第一次面接室。人間性の前に相性診断…だな。」
「アホくさ」
 僕は不貞腐れて頬杖をついた。
「失礼します。」
 次に入ってきたのは福永が言うところの僕のタイプ…だった。
「福永くん、横山くんの目の色が変わったよ。」
 ええっ、そんな。顔に出したつもりはなかったのに。
「本当だ、鼻の下が伸びきっている。」
 そんなっ
「小島 義和くんはどうしてうちを選んだの?」
 慌ててそれらしい質問をした。
「若いうちからやりがいのある仕事をさせてもらえると聞いたからです。」
 …まず言葉遣いが駄目だ。
「やりがい?何がしたいの?」
「…面白い仕事です」
 面白い=やりたい仕事、だよね。
「どんな仕事がしたいの?」
「どんな?」
 困った顔をしているということは具体的な内容ではないらしい。またまた減点。
「じゃあ質問を変えよう。君の得意な分野は何かな?」
「格闘技系のゲームです」
 は?
「いい、あっちの部屋行って…」
 福永が呆れ果てて社長が待つ隣の部屋へ押し出した。
「ろくなのがいないな…人事に安藤さんをまわさないと駄目かな。」
 安藤さん…尚敬にちょっかい出したシニア担当者だ。
「彼は新人を育てるのが上手いんだ。」
 …尚敬の素材が良かったからだ。
「次の人、入れます。」
 また次の面接。なんだかすっかり疲れた。でもまだまだ続くのか…。なんだか逸材はいない
なぁ…。

パドック…レースの前に馬の状態を見せる場所。馬の毛づやや気合入り方等を確認して馬券購入の参考にする