= 逃げ馬 =
「また?」
 解ってたよ、こいつの反応は。
「勝美…四位も少しは我慢すればいいのにな。」
 しまった、喧嘩の原因に電話をしてしまった。
 でも横山に頼らなければわがままなお姫様は帰ってこないからな。
「功一は何を言ったんだ?」
「言わなきゃ駄目か?」
「その回答で大体わかったからいいや。でもさ、僕だったら絶対お前の所には帰らないな。」
 解っているから始末に終えないんだよ。
「二人で会社から逃げようかな?」
「嫌だよ、ちゃんと仕事の始末はつけていけよ」
「僕等の後は晴秋さんに任せれば平気だから」
 妹の旦那だからな。
「ナカには無理、優しいから。」
 いつも思う。どうして横山はそんなに人を上手く役割分担させられるんだろう?
「なあ、功一。勝美のことはさ、プライベートなんだから職場に持ち込むなよ?他の社員に何と説明
するんだ?」
 ん〜
「勝美にきちんと話して、お前の至らない所は治す、無理させていることは軽くしてやればいい。」
彼にとって嫌なことは何だろうか?

 横山との電話を切ってから45分後、勝美が帰ってきた。財布を開けたら小銭しかなかったそうだ。
「ごめん、僕が悪かった。」
「なんで、謝るんですか?自分が正しいと思ったらとことん貫き通せば良い。いつも先に謝られたら
、僕が異常にわがままで嫉妬深いみたいだ。」
 違うのか?と、思ったけれど口には出さなかった。
「毎回毎回、どうして由弘さんのことで喧嘩しなきゃいけないんだろう、腹立つ。」
 横山のことで喧嘩になるのは、嫉妬心がどこかにあるからだ。
 好きになった人は、余程酷い目に合わされない限り、嫌いにはなれない。
「勝美はさ、横山と付き合ってたときに辛い思いしたのか?」
 勝美は驚いた顔をしていたが、やがて視線を床に落とすと呟くように言った。
「辛いことしかなかったかもしれない。ボクが彼を好きなだけで、なおちゃんの身代わりだと自覚して
いたからね。」
 なお、ちゃん?
「なおちゃんって武尚敬?」
「うん、ボク達幼なじみだから」
「なに?それ。」
 知らない、そんなこと。
「昔住んでいた近所になおちゃんがいたんだ。最初は、なおちゃんをてごめにした由弘さんが憎か
った。なおちゃんはボクのヒーローだったから。でも、二人とも優しいから、こんなボクでも受け入
れてくれたから。」
 勝美の瞳から涙がこぼれた。
「好きな人が沢山いてもいいと思う。その中の一番でなくてもいい。一緒に居て幸せな人がいい。
…ボクが幸せを感じたのは功一だけだから。」
 ズクン
と、心臓がうずいた。同時に下半身も。
「今夜は寝かさない」


〜そのエロ親父的なとこを治して!〜


 そんな置き手紙がテーブルの上にあり、再び勝美が姿を消した。


「横山ぁ〜」
 また頼るしかないだろう…。
「四位からの伝言。今回は財布も持ってきたし、有給も貰ってきたから暫く帰りません。だって。ま
た何か言ったのか?」
「今度はお前が原因じゃないぞ」
「だったらなんだよ?」
「言えない」
「やり過ぎか?」
「えっ?」
「…バーカ」
 横山の声が震えていた。
「だって可愛いんだ、凄く。」
「好きだからだって。」
「幸せを感じるんだぞ!!」
「…四位、永遠に逃げてろ。」
「よこやまぁ〜」