= 調教 =
 この世の中に生まれてきて、理想の相手に巡り合い、尚且つその人に「愛してる」なんて言われ
た人間は何人いるだろう?
 例え相手が同性でも、可能性はあるんだ。


「松永さんっ」
 名前で呼んで欲しい、そんなことを望んだのは彼が初めてだ。
 自分が女に興味が無いことは気付いていた。だからハッテン場と呼ばれる街へ出掛けて行っては
その日限りのセックスの相手を探していた。
 彼が自分の部署に配属されてから、何かと田中主任にたてつくのが妙に勘に触った。
 しかしそれがどうしてセックスへと行き着いたのかが未だに解らない。
 でも。
 今は抱きたかった、と解釈している。
 初めから惹かれていたのだと納得した。
 それから彼は毎日自分の部屋にいた。
 好きなんだと自覚してからは自分から彼を抱きに出掛けた。
 修羅場が訪れた。そりゃあ、彼の親は彼をゲイになどしたくないはずだ。
 でも。
 僕は彼が欲しい。


「いやだ、絶対にいやです。」
「聞き分けの無い子は嫌いだ」
「嫌われて結構です、僕が好きなんですから。」
「愛してるよ」
 彼は言葉を失った。
「だから離れるんだ、わかるな?」
「わからない、僕は子供だから、貴方みたいに悟ったようなことできない。」
 ボロボロと両目から涙をこぼして泣く姿からしてまだ若いのだ。
「松永…連れて行けないのか?」
 同期の横山が心配そうに見ている。
「武士沢はこれからの人間だ、一度の過ちで人生まで転落することはない。」
「転落かなぁ」
 横山が小さく首を傾げた。
「尚敬はゲイじゃなかったけどな。」
 武が動揺しながらも答える。
「けど…由弘と離れたくなかった。」
「ほら、武取締役だって、」
「わかった。」
 ここは一回、こっちが折れるのが筋だろう。
「二年、待ってくれ。その間に就職口をさがして食い扶持くらい稼ぐから。」
 今まで静観していた岡部支社長が突然驚くような話をしだした。
「福永社長から今日、中途採用の面接があると聞いたのだが、君かな?」
 え?
「松永くんは営業より技術系希望らしいな。」
 なんだ?
「ここでゲーム機を作ろうとしているのは知っているかな?」
 知らない。そんな計画があって川崎支社が立ち上がっていたのか。
「技術部の部長として、採用したいのだが。」
 岡部支社長は何を言っているのか?
「福永社長は初めからお前を手放すつもりはなかったんだ。それを先走って辞表なんか出すか
ら。」
「全く。どうしてこの会社はこんな社内恋愛が普通じゃないんだ?」
「だから社内恋愛禁止にしたらしいですよ。無駄ですけど。」
「松永さん、就職口見付かったんでけど、どれくらい待ったらいいですか?その間に二人で暮らせる
マンションを買えるよう、頑張って働きます」
 参ったなぁ…。
「マンションくらい、買ってやるよ。」
 あとは、どうやってあの親を説得するかだ。


調教…レースの時に馬が最高の状態になるよう訓練すること