| 「勝浦、考え直さないか?」 「熟考しての結論です。」
 「でもなぁ」
 「所詮、無理があったんです、男同士で暮らしていくなんて。」
 さっきからカツが岡部支社長と揉めている。
 僕が何気にそっちを見たら岡部支社長と目が合った。
 「横山、勝浦が会社を辞めると…」
 
 
 「好きな人?」
 話が見えない。
 「僕に後藤以外に好きな女性が出来たんです。それでやっぱり僕は男より女の方が好きなんだと自覚しまし
 た。」
 そっか、カツは元々ヘテロだったんだ。
 「テルは納得したのか?」
 そういえば姿が見えない。
 「大阪に帰ってます」
 「無断…か?」
 カツが首を左右に振る。
 「わかりません」
 「判らないって、どういうことだよ」
 困ったように頭を掻いた。
 「部屋を出るって言ったら、出るのは自分だって言って…出てったっきりなんです。実家に電話したらお母さん
 から散々責められて…どうしたらいいか判らないです。」
 ゴツン
 思わず手が出ていた。
 「おまえさぁ、テルは簡単に言えばお前んとこに嫁に来た意識でいたんだよ。なのに出て行くって言われたら別
 居、離婚。それが判らないんだったら馬鹿だろ?」
 「そりゃあ、ご両親に挨拶に行ったし家も了解を得たんで正式に届けが出せるんなら結婚したも同然ですけど、
 実際していないし。嫌いじゃないし。ただ…女の子とセックスしたかっただけで…テルとばっかじゃなんだか…
 その…」
 ここまで言って初めて自分が男とセックスしています、と断言したことに気付いて顔を赤らめた。
 「人間以下の生き物になった気がしたんです。」
 「勝浦くん、セックスってそういうものじゃないかな?」
 今まで黙って聞いていた尚敬がポツリと呟いた。
 「自分の今まで培ってきた人格とか、見栄とか全部いらないから。ただ相手に委ねて委ねられて、快楽を貪っ
 ている自分がいる。でもそれでいいと思う。生殖活動なんだから。本能なんだから。勝浦くんが女の子とセック
 スしたいのも本能なんだから。…でも後藤くんとも一緒にいられたらって思っていたんだろ?だから別々に暮らし
 て行き来できればって思ったんだろう?なのに実家に帰られてしまったから自分が辞めて責任とろうとした。そ
 れじゃ駄目だよ。ちゃんと迎えに行っておいで。」
 僕は…尚敬を迎えに行っていない。
 「…勝浦くん…?」
 その時、尚敬が予定の書かれたホワイトボードを指さした。
 ―後藤 本社大阪営業所に出張 ―
 「な…んだよ、あいつ…」
 カツは俯いたきり顔を上げない。
 「迎え、行っておいで。」
 尚敬は背中を押した。
 「ごめんなさい、浮気でしたってちゃんと言うんだぞ。」
 「はい。」
 なんだ、ちゃんと答えは出ているんじゃないか。
 「武、勝浦の仕事できるのか?」
 岡部支社長が鬼のような一言を漏らした。
 「いえ、横山くんがなんとかしてくれるそうです。」
 そう言うと僕にあかんべーをして尚敬は自分の席に着いた。
 
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