= テキ =
テキ…調教師のこと

「だからっ、何回言ったら覚えるんだよ」
 しまった、口調がきつくなってしまった。
「何だよ、えらそうに」
 始まってしまった、功一の駄々っ子みたいな攻撃。
「そうじゃなくて。僕は別に君にどうこしてほしいわけじゃなくて経営者としての自覚を持って欲しいんだ。」
 経営者…つまり僕は功一を社長の後継者にしたいと思っている。
 功一が由弘に負けるのだけは許せない。
「えっ?」
 駄々をこねていたのに突然静かになったと思ったらいきなり抱き寄せられた。
「俺は親父のあとは継がない。お前は残っていい、俺はいずれ辞めて人材派遣の会社をやりたいんだ。その
為に今は資金稼ぎのために親父の会社にいるんだ。」
「そん…」
「お前は男だから。自分の夢とか野望があるだろう?まさか女みたいに仕事辞めて専業主婦とか言わないよ
な?」
 僕の夢?野望?
「功一を社長の後継者にする」
「お前に変更しとけ。むいてる、きっと。親父もそう言ってた。勝美に継がせて女と結婚させるかなって。」
 まだ言ってたのか…断ったのに。
「お前の子供は諦めたみたいだよ。」
 笑いながら言われて腹が立った。
「どうせ功一との結婚は正式に成り立っていないんだから重婚なはならない…ならそれもいいかもな。」
 功一の耳元で呟く。
ドン
 胸に痛みがあった。僕は尻餅をついた。功一に突き飛ばされたのだ。
「冗談でも言うな。お前は一生俺のもんだ。」
 一生…。


「功一は勝美にそう言ったのか…なら勝美に継いでもらうか」
「…いや…です」
「ん?」
「功一さんを差し置いて僕が残るなんて出来ません」
「だったら私の養子になればいい。」 
 …養子…?
「そうすれば功一と同じ戸籍に入れるだろう?」
 何か、違う気がする。
「そんなにこの会社は魅力がないのかな」
「そんなことないです、僕はここが一番だと思って入社試験を受けたんですから。」
「だったら素直に受け取れば良い。」
 …そうか。これは社長の親心なんだ。
「田中先輩には譲らないのですか?」
「あの子にはあの子の適任がある。ちゃんと考えているから君が心配することはない。」
 適任…僕にはこの会社を任されるだけの力があるのだろうか?
「今すぐなんていわないから、安心しなさい」
 そういうと社長は僕を抱き寄せた。
「大丈夫だ。私は君を信頼している。」
 社長の胸の中は広くて、温かくて…父親の匂いがした。
「おい、親父。なに勝美をくどいてんだよ」
 そうだった、僕は功一と一緒に本社の社長室に来ていて、功一は安藤さんに用事があって出ていたんだ
った。
「私の、養子にすることにしたんだ。」
「何勝手な…マジで?…いや、待て、親父は以前由弘にも同じことを言っていた気がするぞ。」
「覚えていたのか。」
 …前途多難。

 帰りの車の中。
「福永勝美…悪くないな」
 ぶつぶつと功一が独り言を言っている。
「親父がやっとお前のこと認めてくれたんだな」
「功一」
「ん?」
「言おうと思っていたんだけど…お前って呼ぶの止めてくれないかな。」
「どうして?」
「勝美って名前がある」
「横山もそう呼んでたから?」
「功一だって由弘って呼ぶ」
「友達だからな」
「僕は…」
 功一は僕の気持ちを分かってくれない。
「勝美。一生、放さないからな。」
 また言ってる。
 でも名前を呼んでくれたからいいや。

 その頃、章介は…
「正海の旦那か…忘れていたぞ。」
と、一人ごちていた。