= 4コーナー =
 由弘はスケジュールボードに視線を移した。
 そして尚敬が暫く社内に戻らないことを確認した。
「社長、ちょっといいですか?」
 顔を上げたのは高人。
「飯はまだ行けない」
「仕事です」
「ああ、メジロ出版か」
 仕事で出かけるのだから気にすることはないと思うのだが、由弘は最近尚敬に頭が上がらない。尻に敷
かれている。
 机の上に散乱した書類をまとめて書類ケースに押し込むとコートを羽織り慌てて事務所を飛び出した。
「お兄さんは元気か?」
 先を歩く由弘の背に声を掛けた。
「はい、お陰さまで」
 高人は嶺南の大学の友人を由弘の兄に紹介した。
 たまたま栃木で観光用の牧場に生まれた友達が婚約者と死別して未だに立ち直れないでいると聞いた
ので紹介したのだが、意外にも意気投合して近日中に入籍をするらしい。
「二人に子供が出来ればうちの親も安心します。」
 高人は頷いた。
「子供は可愛いな」
 言ってきづいたらしい。
「すまん」
「いえ、僕は気にしないのですが、武くんの前ではちょっと…」
 社内も発足当時に比べて人数が多くなり、プライベートなことは言えなくなった。
 由弘と尚敬、雅治と輝基、光麻と幸太郎が一緒に暮らしていることを知っているのは当人と高人くらいで
営業事務や経理、総務の女性はそれぞれ目当てがいるらしい。
 それもあって尚敬がイライラしているらしい。
「社長はやっぱり女性を選んで正解だったと思います」
「自分でもそう思う…」
 駐車場にたどり着くと由弘は社用車を準備してあった。
 車に乗り込む。
「人南(ひとみ)ちゃん、可愛いですよね。」
 由弘が尚敬と遊びに行った日、本当に嬉しそうに高人の娘を抱いていた。
「尚敬は子供が好きなんです。」
 寂しそうな声が聞こえた。
「だから最近は必死で仕事ばかりしているんです。」
 二人の関係が行き詰っているのだろうか…高人の心がざわつく。
 妻も子供も愛している。しかし由弘を想って胸を痛めた記憶も残っている。
「もう少しプライベートの時間が確保できれば、松永や福永を呼んで賑やかにパーティーするんですけど
ね、二人っきりだと人恋しくなるらしいんです。」
 なんだ、やっぱり惚気だったのか…久しぶりにちょっと心が痛んだ。
「けど社長には嫉妬するんです、あいつ。四位より社長なんですよね。」
「一緒に居るからじゃないのか?」
「どうなんでしょう?僕には分からないです。」
着きました、そう言って車を停めた。
「駐車場に入れてきますので、ちょっと待っててください。」
 言うとそのまま走り去った。
 玄関先に尚敬がいた。
「岡部社長」
 駆け寄ってくる。
「よしひ…横山くんが僕の悪口言っていませんでしたか?」
「いや」
 寧ろ逆だが…と言いかけて背後に人の気配を感じた。
「お前はあっち」
 由弘が尚敬の鼻先に人差し指を向け、左側のビルを指す。
 今日、尚敬が出掛けた先だ。
「さっき終わった。そろそろ来る頃だと思って待ってた。頑張って。」
 子供みたいだな…高人は苦笑した。
「じゃあな。」
 由弘は尚敬の前だと意地っ張りだ。
「さて、それでは行くとするか」
「はい」
 尚敬が多分根回しをしているのだろう。この契約は頂きだ。


4コーナー…競馬のコースで最終コーナー。勝負の仕掛けどころ。